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2011年11月14日 (月)

リュドミラ・ウリツカヤ「ソーネチカ」

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現在、ロシア文学界で、

もっとも注目されている作家の中編小説。

訳は「テレビでロシア語」でお馴染みの沼野恭子さん。

 

と書くと、自分がかなりロシア文学に精通しているように

思われそうだが、ロシア文学に関しては

ドストエフスキーやトルストイといった文豪の作品を

数冊読んだにすぎない。

 

というわけでロシア文学界で注目云々というのも、

あとかぎからの受け売りである。あしからず。

しかしこの小説は海外で大きな反響があったようで、

フランスのメディシス賞、

イタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞を受賞している。

 

粗筋は以下の通りである。

本好きで容姿も華やかでないソーネチカが、

逆らいがたい運命の悪戯で画家のヴィクトロヴィチと結婚する。

戦争が始まった年に、二人の暮らしははじまり、

スターリンの大静粛には流刑地で苦しい生活を強いられ、

ソビエトの歴史に寄り添うように運命はすすんでいく。

しかし、どんな辛い生活が待っていようともソーネチカは、

つねに素晴らしいことがあるはずと前向きに受け入れ、

決して弱音や苦言を吐かない。

人生の黄昏期を迎えたときに夫に愛人がいると知ったときも

(しかも娘の友人!)

夫の創作活動が新たな方向に向かうのなら、

こんな幸せなことはないと心の底から喜ぶのである。

 

著者はソーネチカに対して特別な思いを入れて書くのでなく、

むしろ身に降りかかる出来事を淡々と描くのである。

 

本の帯には「紙の恩寵に包まれた女性の静謐な一生の物語」

とあるが、その言葉にはどうしても違和感を禁じえない。

もしこの物語が白痴か精神薄弱者が主人公で、

その純粋無垢な魂によって、夫の罪も生活苦も救っているのだと

暗喩しているのらば納得もできよう。

しかしソーネチカは読書好きで分別もある。

神の恩寵とは別の次元にいる気がしてならないのである。

 

ただソーネチカは人生に起こる様々な出来事を現実としてでなく、

一篇の短編小説のように美しいと感じたり、

長編小説のように波乱とロマンに満ちていると感じている節がある。

 

この本が書かれたのは1997年。

ロシアに市場経済が雪崩れ込み、

人々の生活が日毎脅かされていた頃。

著者は時代からどんな息吹を感じとって、

この不可思議な希望の物語を書いたのだろう。

 

いろいろと考えずにはいられない物語である。

(店主YUZO)

11月 14, 2011 ブックレビュー |

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