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2011年11月30日 (水)

小沢昭一「道楽三昧」

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今や平成生まれの子供たちが社会人になる時代である。

昭和は遠くになりにけりの心境をひしひしと感じるこの頃である。

この何ともいえない感情は大正生まれの人にはわからないであろう。

 

自身は戦争に担ぎ出され、空襲で老いも若きも焼け出され、

終戦を迎えたときには着の身着のまま。

財産といえば痩せこけた身体ひとつという状況である。

時代が変わったと感じたのは、高度成長期に入った

昭和30年代になってからではないだろうか。

 

今の平成生まれといえば、ゆとり教育の世代。

落ちこぼれを出さず、優劣をつけず、

運動会の順位も決めずといわれた世代。

どう話せば、こちら意志が伝わるかと腫れ物に触るように、

慎重に言葉を選ばないと、突然キレるてしまうか、

すぐに仕事を辞めてしまう世代なのである。

そのため明日の話題を何にしようかと、

わけもわからぬ流行音楽を聴いたり、人気ドラマを観たり、

仕事では極力叱咤せず、褒めて褒めて、褒め殺すぐらいが、

適度ではないかと悩んでいる管理職が多いのではと察する。

 

それがいけない。

もう人生の半ばを過ぎたのに、

そんなことで胃を痛めてはいけないのである。

憤っても何もならないのである。

かつて自分たちも若い頃は、新人類などと命名されて、

やる気のないだの、ガッツが足りないだの、不可解な行動だの、

上の世代から言われ放題だったではないか。

 

この本は道楽のかぎりを尽くした著者が昭和を振り返りつつ、

当時の流行や風俗、生活を思い出いっぱいに語っている。

著者は私の父とほぼ同世代。

かつて私たちを新人類扱いした世代である。

 

この本を読むかぎり昭和は思うほど彼方へ去っていない。

子供の頃に遊んだベーゴマ、めんこ、虫取りなど、

遊びの質は違えど、熱中する気持ちは同じ。

そして年を経るごとに遊びが変わり、

相撲に野球、やがては競馬に釣りと、

ホビーだの趣味だの洒落た言葉で言ってみても、

所詮、人が歩むべく道は道楽なのである。

 

仕事は道楽を極めるためにあり、

道楽は仕事の気分転換に必要不可欠である。

平成生まれが入社したからって浮き足だっては、

道楽を極める道のりが遠のくだけである。

 

道楽三昧の人生を過ごした著者も、締めくくりとしてこう話ている。

「その日その日をしのいできた道楽のなかで、なんべんも仕事に疲れて溺れかかっているのを、道楽に助けてもらって這いあがってきたような、そんな気がしています」

 

芸だけでなく道楽も身を助けるのである。

(店主YUZO)

11月 30, 2011 ブックレビュー |

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