あのユーモアに満ちたマトには会えない
仲買人のイワン君が私たちに会うなり言ったひと言が、
一瞬にして私の顔をこわばらせた。
「スミルノフさんが死んだよ」
そして続けて、
「彼は酒が好きだったから、それで身体を壊したらしい」
と言うとチェリパシカ氏は、やはりそうかと沈鬱な表情を浮かべた。
今年の2月、スミルノフさんに会ったチェリパシカ氏は、
「おれは、酒が入らないと良いマトリョーシカがつくれないんだな。だからここにある作品は、酒呑んでつくったものばかりだ」
と豪快に笑っていたことを思い出したからだ。
私のスミルノフさんの思い出は、
初めてロシアに仕入れ旅行にいたときに遡る。
「これ何?」「これ、ください」
程度のロシア語しか話せない私は、
スミルノフさんのユーモアに満ちた作品に釘付けになった。
身振り手振りを駆使して何とか、
「私はあなたの作品の面白さが気に入りました。
これとこれをぜひ売ってください」という気持ちを伝えると、
スミルノフさんは、
私の作品ばかりでなく、私の妻の作品も買ってあげてくださいと、
自分の作品を脇に置いて、紹介もそこそこに、
次々と奥様の作品を並べては細かな説明をしてくれる。
店の奥では
奥様が恥ずかしそうに苦笑いをしながらも、
スミルノフさんを暖かく見つめていた。
私は奥様想いのスミルノフさんの勢いに押されて、
スミルノフさんの作品と同じ数だけ、
奥様の作品も買うことにした。
そのときスミルノフさんは、奥様の作品が売れたことを
我がことにのように喜んでいた。
仲の良い夫婦ぶり、陽気にそして饒舌に語るの人柄が
あのようなユーモアある作品を作り出す原動力となっているだ
というのが私のスミルノフさんの第一印象になった。
悲しみに打ちひしがれている私たちを見かねたのか、
イワン君が「奥様に電話して、まだ作品があるか聞いてみるよ」
と慰めてくれた。
その後はイワン君はスミルノフさんが、
どれだけ酒が好きで呑んだくれていたのか、
そのおかげで作品の納品をよくすっぽかされたと多少大げさに語り、
湿っぽい雰囲気を変えようとして心遣いが嬉しかった。
そして私たちが日本に旅立つ当日、
イワン君は奥様と連絡取れたことを教えてくれ、
欲しい作品をリストにして教えてくれれば、出来るかぎり、
手元に入るように交渉してくれると約束してくれた。
少しでも作品が集まったら、
ささやかでいいからスミルノフさん追悼の作品展をしよう。
いや、しなければならない。
ほぼ私の気持ちは決まっていた。
もちろんチェリパシカ氏も同じ気持ちなのだろう。
「今年中に、もう一度ロシアに行かなくちゃ」
と早くも次の訪問日程を決めている。
ただ私といえば、頭で理解していても、
まだ死を受け入れることができないでいる。
始終無口で、心中はどんよりと厚い雲で覆われたまま、
作品展ことだけを考えていた。
(店主YUZO)
10月 16, 2011 海外仕入れ | Permalink

コメント
スミルノフさんのご冥福を心よりお祈り致します。こんにちは。初めて投稿致します。
木の香さん監修の本を見て、スミルノフさんの作品に一目惚れをした者です。
ぜひぜひ、追悼の作品展をお願い致します。
投稿: MIYACHI | 2011/10/16 12:17:25
MIYACHI様
コメントありがとうございます。
ロシア人の男の平均寿命は60歳に満たないといいますから、それを思えば酒を楽しみ、作品つくりと人生を謳歌したスミルノフさんは、幸せだったのかもしれません。
と、頭では理解できるのですが。
スミルノフさんの作品は、本で紹介できなかった素晴らしいものがたくさんあります。
それらが少しでも良いので、手に入ったらなと思っています。
来年の1月か2月頃に展示会ができれじと考えています。
ぜひお越しくださいね。
投稿: 店主YUZO | 2011/10/16 12:24:18