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2011年10月22日 (土)

モスクワの花束

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モスクワに住む友人から聞いた話である。

上記の写真は、その友人が撮影したもの。

何の写真だかお分かりだろうか。

 

これは東日本大震災後の日本大使館前の写真。

数多くのモスクワ市民が訪れては、

献花しては黙祷し、

死者への鎮魂と復興への祈りを捧げていた。

年金暮らしのおばあちゃんまでも、

わずかなお金のなかから花束を買い捧げてくれたという。

市民の列は途切れることなかった。

 

友人はその死者を悼むモスクワ市民の姿に感動して、

日本に住む人々にこの事実を知ってもらいたく、

夢中でシャッターを押したらしい。

 

また友人の話によると、

スーパーマーケットでも信号の待ち時間でも、

数多くのロシア人に声をかけられ、

「遠くモスクワにいて辛いでしょう。でも落ち込まないで。

私たちがついているわ」

「何か私に手伝えることはないか?」

と励ましの言葉が絶えなかったという。

 

私はその話をきいて胸が閉めつけられる思いになった。

日本人のロシア人観は性格が暗くて非友好的で、

心を打ち明けて話すことができない国民だというのが、

一般的な意見だと思う。

 

このロシア人観は、今までの日本との外交や

北方領土の政策からきた印象なのだろう。

ただ日本と同様に、

政治家と一般市民の感性は太陽と月ぐらいにちがう。

 

仕事でロシアに行くようになってから感じることは、

実に友好的で、いったん友達の間柄になると、

困っていたら我が事のように尽くしてくれる大陸的な優しさがある。

そして何よりも話をするのが好き。

酒さえあれば小咄をしながら、時を忘れて陽気に話している。

 

ロシアで生活をしたことがないので、

私見の域を出ないが、

ロシアで暮らした経験がある人から聞いても

異口同音にそう話すから、当たらずも遠からずだと思う。

 

そこで強く感じるのは、

他国で起きた大惨事を我が事のように感じる感性を、

私たちは持ち合わせているかということ。

 

2002年に起きたモスクワ劇場占拠事件や

2004年のベスラン学校占拠事件が起きたとき、

横になってテレビを見ながら、もしくはガード下の呑み屋で

「あの国は怖いね。絶対に住み見たくないね」

ぐらいの貧困な感性しか持ち合わせていなかったのではないか。

 

事件で無情にも死んでいた人の苦しみや

残された家族や友人の深い悲しみまで、

貧困な感性が邪魔をして想像が及ばなかったのではないか。

この写真を見せられた時、

私はあの事件の際に、

ロシア大使館に花束ひとつ捧げることができなかった

自分の感性の貧しさを悔いている。

(店主YUZO)

 

10月 22, 2011 店主のつぶやき |

コメント

モスクワに住んでおります。YUZOさんのブログを一言一言を噛みしめながら、頷きながら拝見しました。私がいつも感じていることを代弁してくださり、御礼をお伝えしたくなりました。昨日も、メトロで席を譲られたり、道では尋ねても居ないのに道を教えようとしてくれたり。あったかい心を持つロシア人のことを、もっと日本人に知って欲しいといつも思っています。これからもブログを楽しみにしております。

投稿: トモコ | 2011/10/27 4:03:59

トモコ様

コメントありがとうございます。
ロシア人の無愛想に見えるけれども、実はあたたかい心をもっていることを、もっと多くの日本人に知ってもらいたいですよね。
ささやかなブログですが、少しでもその気持ちが伝わればと思って書いています。
2日に1回は更新することを目標として!!
今後ともよろしくお願いします。

投稿: YUZO | 2011/10/28 10:50:16

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