テントカフェはサーカス小屋ではない
ロシアで安く食事を済ませたいと思ったら、
上記のようなテントなカフェがある。
ホテルの駐車場や空き地に忽然と現れて、
次の年に行ったら跡形もなく消えている
蜃気楼のようなカフェである。
ショーケースのなかにサラダや焼肉やじゃがいも料理が並んでいて、
無愛想な典型的なロシアの店員に、これと指を差して注文する。
ただサラダやじゃがいも類は量り売りで、
希望するグラムを告げなければならないために、
観光客の出入りは少ない。
いつも私は唯一知っている大きな単位である
「Сто(=100gの意味)」と告げると、
店員は、そんな量ではいいのかねという怪訝な顔をしながら、
面倒くさそうに量ってくれ、暖めなければならない料理は、
電子レンジで暖めてくれる。
生ビールやウォトカも飲めるのは、ロシアだから当然のこと。
なぜか生ビールを注ぐときだけは、細心の注意を払ってくれて、
ゆっくりとプラコップを傾けると、
泡との黄金比である8:2になるまで時間をかけてくれる。
その人格が変わったような仕事ぶりは、
驚きでもあり嬉しくもある。
ではそのお味はというと、
お世辞にも美味しいとはいえない。
むしろ限りなく不味いという領域を侵犯している味である。
大食漢のチェリパシカ氏でさえ、
不機嫌そうに食べていて笑顔のひとつさえ見せてくれない。
人は不味いものを口にしたときに、
こんなにも無口になって、怒りの形相に変わるのかと、
再認識した次第である。
何がこれほど不味いのか?
写真の右下に写っているのは豚肉を焼いたものである。
靴底に見えるが、そうではない。
ただ靴底と並んでいたとしても、
味の違いはわからないかもしれない。
ただビールの味だけは優秀で、
地獄の底に差し込む一糸の光のようにさえ感じ、
ついつい注ぐ妙技を見たさのあまり何杯も頼んでしまう。
でもそんな世紀末的なカフェでもドラマはある。
一人で飲んでいた若い労働者が、私たちのところにきて
「おれは三菱の車に乗っているが、一度も故障したことがない。
こんな車をつくれるなんて、日本は素晴らしい国だ!」
と私たちが車の設計者であるかのように絶賛してきた。
すべての陽の光は自分に降り注いでいると
思っているぐらいにご陽気だ。
それほどお金は持ってそうに見えなかったので、
チェリパシカ氏は「ビールを奢ってもらいたいのでは?」
と私に耳打ちしてきたのだが、そのようには見えない。
実際にビールを飲むかときいても、
俺の分は自分で買うよと言って固辞する。
結局、1時間あまり、
三菱の車がどれだけの悪路にも悪天候にも耐え、
乗り心地も良いのだと延々と聞かされるはめに。
ひととおり愛車自慢が終わると、
彼はカジキマグロを仕留めた猟師のような
満足した面持ちで帰っていたのであった。
しかし私が
はっきりと理解できた単語は、MITSUBISIのみ。
それでも酒を真ん中に差し向かいで飲めば、
ロシアでは会話が成り立ってしまうのである。
酒は世界と人を強引に結びつける力がある。
少なくともロシアでは。
(店主YUZO)



開高健には名随筆が多い。
先日、BSプレミアムで開港健の特集が、
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