« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月31日 (月)

テントカフェはサーカス小屋ではない

Photo

ロシアで安く食事を済ませたいと思ったら、

上記のようなテントなカフェがある。

ホテルの駐車場や空き地に忽然と現れて、

次の年に行ったら跡形もなく消えている

蜃気楼のようなカフェである。

 

ショーケースのなかにサラダや焼肉やじゃがいも料理が並んでいて、

無愛想な典型的なロシアの店員に、これと指を差して注文する。

ただサラダやじゃがいも類は量り売りで、

希望するグラムを告げなければならないために、

観光客の出入りは少ない。

 

いつも私は唯一知っている大きな単位である

「Сто(=100gの意味)」と告げると、

店員は、そんな量ではいいのかねという怪訝な顔をしながら、

面倒くさそうに量ってくれ、暖めなければならない料理は、

電子レンジで暖めてくれる。

 

生ビールやウォトカも飲めるのは、ロシアだから当然のこと。

なぜか生ビールを注ぐときだけは、細心の注意を払ってくれて、

ゆっくりとプラコップを傾けると、

泡との黄金比である8:2になるまで時間をかけてくれる。

 

その人格が変わったような仕事ぶりは、

驚きでもあり嬉しくもある。 

Photo_2

ではそのお味はというと、

お世辞にも美味しいとはいえない。

むしろ限りなく不味いという領域を侵犯している味である。

 

大食漢のチェリパシカ氏でさえ、

不機嫌そうに食べていて笑顔のひとつさえ見せてくれない。

人は不味いものを口にしたときに、

こんなにも無口になって、怒りの形相に変わるのかと、

再認識した次第である。

 

何がこれほど不味いのか?

写真の右下に写っているのは豚肉を焼いたものである。

靴底に見えるが、そうではない。

ただ靴底と並んでいたとしても、

味の違いはわからないかもしれない。

 

ただビールの味だけは優秀で、

地獄の底に差し込む一糸の光のようにさえ感じ、

ついつい注ぐ妙技を見たさのあまり何杯も頼んでしまう。

 

でもそんな世紀末的なカフェでもドラマはある。

 

一人で飲んでいた若い労働者が、私たちのところにきて

「おれは三菱の車に乗っているが、一度も故障したことがない。

こんな車をつくれるなんて、日本は素晴らしい国だ!」

と私たちが車の設計者であるかのように絶賛してきた。

すべての陽の光は自分に降り注いでいると

思っているぐらいにご陽気だ。

 

それほどお金は持ってそうに見えなかったので、

チェリパシカ氏は「ビールを奢ってもらいたいのでは?」

と私に耳打ちしてきたのだが、そのようには見えない。

実際にビールを飲むかときいても、

俺の分は自分で買うよと言って固辞する。

 

結局、1時間あまり、

三菱の車がどれだけの悪路にも悪天候にも耐え、

乗り心地も良いのだと延々と聞かされるはめに。

ひととおり愛車自慢が終わると、

彼はカジキマグロを仕留めた猟師のような

満足した面持ちで帰っていたのであった。

 

しかし私が

はっきりと理解できた単語は、MITSUBISIのみ。

それでも酒を真ん中に差し向かいで飲めば、

ロシアでは会話が成り立ってしまうのである。

 

酒は世界と人を強引に結びつける力がある。

少なくともロシアでは。

(店主YUZO)

10月 31, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月29日 (土)

ムームーはロシアの胃袋

Photo  

先回に引き続き、ロシアのファーストフード店の紹介。

「Му-Му」と 書いて「ムームー」と読むが、

ついついマイマイと読んでしまうのもご愛嬌。

まず店頭にある大きな牛の凛とした存在にまず度肝を抜かれる。

しかしこの牛は旅行ガイドで必ず取り上げられるせいか、

観光客と一緒に記念写真に収まってしまうほどの人気者。

 

そういう私も最初のロシア旅行の際、

この牛の前でピースサインをして写真を撮った

消し去りたい恥ずかしい過去がある。

 

店内には様々なメインディッシュ、飲み物、スープ、

小鉢、サラダ、デザート、アルコールなどが

並んでいて好きな物を選んでトレイに乗せていくビュッフェ方式。

とにかく料理の多さには圧倒される。

 

ロシア語が読めなくても目の前にあるものを選ぶだけだから、

適当にオーダーした後、どんな料理が出てくるのだろう

という海外ならではのスリルと不安感はない。

その安心感から旅行者も多く利用するのだろう。

ただサイズや量を聞かれる場合があるので、

多少の会話は必要となるが。

 

Photo_5

こちらは私が選んだ料理。

食器類がすべて牛模様なのもご愛嬌。

 

奥のさらに盛られている茶色いものは、お米ではなく蕎麦の実。

ロシアでは蕎麦を麺にして食べずに、茹でて食べる。

そのお味はというと、雑穀米から理性が無くなった味とでも言おうか、

漢字を度忘れした時のような

「口元まで出掛かっているのに!」と苛立ちを感じさせる味。

 

壷の中身は秋が旬の茸のスープ。

これはクリーミーなソースにきのこの風味が溶け込んでいて、

口にすると舞茸のような香りが、すうっと鼻先をくすぐる。

 

さすがスープと茸の国ロシア!

美味しいものを口にしたときの至福を十分に満喫できた。

Photo_6  

こちらはチェリパシカ氏の選んだ料理。

 

ニシンの塩焼きがどんと乗った皿を見るかぎり、

あと味噌汁と漬物があれば日本食と変わらない感じだが、

ここで注目してもらいたのは、コッペパンのような卵型のもの。

何を隠そう、これがピロシキである。

中にはそれぞれキャベツを茹でたもの、魚のすり身、肉など

様々な食材が入っていて、好みの食材をオーダーする。

 

日本では揚げパンのイメージが定着してしまっているが、

揚げたパンは中央アジア辺りで食べられているもので、

そのパンは街角にあるスタンド形式の店で

山積みして売っている。

 

一度それをチェリパシカ氏が買ってきたので、

少しだけ食べさせてもらったが、こってりと脂ぎっていて、

自分とは相性が悪く、高校のときの日本史の先生を彷彿させる

胃もたれする味だった。

 

「Му-Му」は、ついついあれもこれもと選んでしまうせいか、

気がつくとかなり予算がオーバーするのが悩みのタネ。

一人当たり2000~2500円になってしまうのだ。

 

マトリョーシカ何個分を食べてしまった?

やれやれ。

(店主YUZO)

10月 29, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月27日 (木)

趣味はじゃがいも?

0915  

モスクワ周辺を仕入れでまわっていると、一番問題になるのが食費。

モスクワの物価は東京と変わらないほど高い。

気の利いたレストランに入れば、

すぐに日本円にして一人当たり3000円飛んでしまうのである。

 

しかも貴重な仕入れの費用を腹を満たすことで散財してはいけない。

なるべく食費を抑えようと様々な対策を練らないと、

せっかく未知のマトリョーシカに出会えたのに資金が尽きていた

というような悲劇にもなりかねないのである。

 

そんな私たちの定番の店は「КАРТОЩКА」。

その名も、ジャガイモという名のロシアのファーストフード店である。

じゃがいもを抱えたおじさんがトレードマークで、

地下鉄の駅や繁華街には必ずと言っていいほどある

ロシアではもっともポピュラーなお店。

N0912   

店内は一般的なファーストフード店と同じで、

メニューの写真が掲げられたサインボードに価格が書いてあって、

ロシアらしい無愛想なお姉さんにオーダーをして支払いをするだけ。

 

その料理の中身はというと、

オーブンで焼かれたじゃがいもに大量のバターとチーズを混ぜて、

ペースト状態にしたあとに、好みの具をトッピングするだけという

いたってシンプルなもの。

 

オーブンで焼かれたじゃがいもは、ほくほくとして美味しく、

こってりとしたバターとチーズのおかげで1個食べるだけで、

十分に腹を満たしてくれる。

 

ロシアではじゃがいもは主食といっていいほどの食材なので、

かたちも大きく、味もしっかりとして、食べ飽きることはないし、

財布にも優しいので、ほぼ毎日食べていた。

仕入れの一週間で、チェリパシカ氏は10kg、私は8kgぐらい

じゃがいもを食べていたと思う。

Photo_2

上記の写真が、「КАРТОЩКА」での私たちの鉄板オーダー。

これで一人前700~800円程度。

財布とお腹に優しいことがわかっていただけると思う。

 

参考までにこの店がロシアらしいと感じたのは、

夕刻になると店内は若者でいっぱいになるのだが、

ビールやウォトカを頼んで、もしくは持ち込みをして、

ちょっとした飲み会をはじめる。

つまり日本で例えるならば、

マクドナルドでビールを飲むようなもの。

 

その光景に違和感を感じないのもロシアらしい。

(店主YUZO)

10月 27, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月25日 (火)

罪と罰とマトリョーシカと

Photo 

  

今日は仕入れの話。

この仕事を始めて5年ほど経ち、

何千というマトリョーシカを眼にすると、

心は擦れ枯らしの状態になって、

少しぐらい出来の良いマトリョーシカを見つけても、

なかなか心がときめかなくなる。

 

逆に完成度が低く、色合いもくすんだような

出来の悪いマトリョーシカを見つけると、思わずほくそ笑んで、

不憫な子供ほど可愛いというからと、

勝手に納得して買い求めてしまう自分がいる。

 

チェリパシカ氏も同様で、

二人とも世紀末的な作品を見つけては、

言葉もなくニヤニヤと笑ってしまい、じっと佇んで見てしまう。

本当に困ったものである。

 

86 

その擦れ枯らしのオヤジ二人が、

思わず初心に戻って素直に感動してしまったのが、

このイーゲル・リャボフさんの作品。

 

ウッドバーニングで下書きを行って

色付けはテンペラで仕上げる方法も独特ながら、

描かれている顔も独創的で、

見慣れたマトリョーシカにはない悲哀を帯びた表情に、

幾多の苦難を乗り越えた人生の機微さえ漂う。

 

そしてプラトークを花柄で飾ってみたり、

サラファンに派手な模様を入れたりはしない。

まるでドストエフスキーの小説に出てくるような、

貧しき農村の人々の暮らしを忠実に描いているのである。

 

第一印象は、

「このマトリョーシカ、雰囲気が重い」

  

しかし一度眼にしてしまうと、

どうしても脳裏から離れることができず、

リャボフさんの店の前を何度も行き来した末に、

大盤振る舞いで2体も仕入れてしまったのである。

(だいぶ値は張ったのだが・・・)

 

さてリャボフさん。

作品が醸し出す重苦しい雰囲気のような人柄かというと、

まったく正反対で、

私がロシア語を理解できないのもお構いなしに、

自身の作品に対する姿勢やコンセプトを

延々と熱く語り続ける。

(話好きというのは健全なロシア人の姿だから安心したよと。

チェリパシカ氏の感想)

 

その熱い語りを、私の第六の耳で理解したところによると、

「アンティークなマトリョーシカが持つ質感がたまらなく好きで、

その質感を出そうと色々と試行錯誤した結果、

今の技法を編み出したんだよ。

私の作品は、一般のマトリョーシカとして飾ってもらうより、

むしろ絵画として飾ってもらった方が嬉しいね。

私はイコンも描いているし、とにかく古いものに対しての

愛情と敬意の気持ちがハンパではないんだな。

だから作品を飾る場所は、陽の当たる所よりも、

陽が当たらない所に置かれている方が

断然に存在感が増すはずだよ。

ロシアの教会がそうであるように。

ぜひ、そういった場所に飾ってくれないか。

とにかく今日は遠く日本から来た人に、

評価してもらえるなんて人生は曇り空ばかりじゃないな。

天にも昇る気持ちだよ」

とひと通り語り終えると、

固い握手を交わしたのであった。

 

私の第六の耳は、極めて感度良好である。

・・・はずである。

(店主YUZO)

10月 25, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月23日 (日)

有隣堂八王子店「チェブラーシカ・フェス」

Photo  

10月21日より、有隣堂八王子店のレジ前の展示台にて、

チェブラーシカを中心にした展示をしています。

 

チェブラーシカのマトリョーシカはもちろんのこと、

パズル、陶器の置物、起き上がりこぼし、

さらには花井景子さん著「ぬくもり雑貨いっぱいの国ロシアへ」

でも紹介されていた

水につけておく2日でチェブラーシカが生まれる卵もあります。

 

もちろん、ぬいぐるみはロシアのレイワードトーイ社製で、

チェブラーシカがコックや探検家の衣装を着ているレア物です。

 

それと10月初めに仕入れたベレスタやバッチ、

ブローチなども並んでいます。

チェブラーシカ好き以外のお客様にも

楽しめる展示になっていますので、

お近くにお寄りの際は、ぜひ足をお運びください。

(店主YUZO)

10月 23, 2011 展示会情報 | | コメント (0)

2011年10月22日 (土)

モスクワの花束

11jpg

 

モスクワに住む友人から聞いた話である。

上記の写真は、その友人が撮影したもの。

何の写真だかお分かりだろうか。

 

これは東日本大震災後の日本大使館前の写真。

数多くのモスクワ市民が訪れては、

献花しては黙祷し、

死者への鎮魂と復興への祈りを捧げていた。

年金暮らしのおばあちゃんまでも、

わずかなお金のなかから花束を買い捧げてくれたという。

市民の列は途切れることなかった。

 

友人はその死者を悼むモスクワ市民の姿に感動して、

日本に住む人々にこの事実を知ってもらいたく、

夢中でシャッターを押したらしい。

 

また友人の話によると、

スーパーマーケットでも信号の待ち時間でも、

数多くのロシア人に声をかけられ、

「遠くモスクワにいて辛いでしょう。でも落ち込まないで。

私たちがついているわ」

「何か私に手伝えることはないか?」

と励ましの言葉が絶えなかったという。

 

私はその話をきいて胸が閉めつけられる思いになった。

日本人のロシア人観は性格が暗くて非友好的で、

心を打ち明けて話すことができない国民だというのが、

一般的な意見だと思う。

 

このロシア人観は、今までの日本との外交や

北方領土の政策からきた印象なのだろう。

ただ日本と同様に、

政治家と一般市民の感性は太陽と月ぐらいにちがう。

 

仕事でロシアに行くようになってから感じることは、

実に友好的で、いったん友達の間柄になると、

困っていたら我が事のように尽くしてくれる大陸的な優しさがある。

そして何よりも話をするのが好き。

酒さえあれば小咄をしながら、時を忘れて陽気に話している。

 

ロシアで生活をしたことがないので、

私見の域を出ないが、

ロシアで暮らした経験がある人から聞いても

異口同音にそう話すから、当たらずも遠からずだと思う。

 

そこで強く感じるのは、

他国で起きた大惨事を我が事のように感じる感性を、

私たちは持ち合わせているかということ。

 

2002年に起きたモスクワ劇場占拠事件や

2004年のベスラン学校占拠事件が起きたとき、

横になってテレビを見ながら、もしくはガード下の呑み屋で

「あの国は怖いね。絶対に住み見たくないね」

ぐらいの貧困な感性しか持ち合わせていなかったのではないか。

 

事件で無情にも死んでいた人の苦しみや

残された家族や友人の深い悲しみまで、

貧困な感性が邪魔をして想像が及ばなかったのではないか。

この写真を見せられた時、

私はあの事件の際に、

ロシア大使館に花束ひとつ捧げることができなかった

自分の感性の貧しさを悔いている。

(店主YUZO)

 

10月 22, 2011 店主のつぶやき | | コメント (2)

2011年10月20日 (木)

米原万理「旅行者の朝食」

Photo

今日は仕入れの話ではなく本の紹介。

なぜこの本を紹介したかというと、

数年前にこのブログで「ウォッカの40度というアルコール度数は、

「ロシアで人間の血液濃度やアルコール吸収度などの研究を重ねた結果、身体に一番良いとされる度数なのです」

と力説していたニコライさんの話を書いたが、

それと同じ内容がこの本に書かれていたからである。

 

かなり長い引用になるが詳細は以下である。

 

十九世紀末にロシア政府はウォトカ製造・販売の、十五世紀から数えて四度目の独占化に踏み切る。その準備段階で、メンデレーエフ博士にウォトカ製造技術向上にの組成解明を依頼。当時の平均的なウォトカは水対アルコールの容積比が1:1で、これだとアルコール度数(=水・アルコール混合液中のアルコール比)が41~42度になる。水と混ざったアルコールが凝固するためだ。しかし混ぜる前の水対アルコールの重量比は、やはりこの凝固のために混合後の重量比に等しくならない。そのためメンデレーエフは小刻みに重量比を変えて試飲を繰り返し、1リットルのウォトカが953グラムのときに、度数が40度となり桁違いにおいしくなることを発見した。

 

ウォトカがウォトカあるべきために、

この涙ぐましい努力を重ねた結果、メンデレーエフ博士は、

ついに黄金律を発見。

ウォトカはロシアが原産であるということを

証明するために尽力した博士は、

高校で習った化学元素の周期律を発見した化学者でもある。

 

というわけでニコライさんは冗談で言っていたのではなく、

半ばロシア人の誇りとして言っていたのだ。

 

それを出来すぎたネタと酒の肴として、

笑い飛ばした御無礼をお許しいただきたい。

 

身体に良いお酒という目線でカフェやレストランに行くと、

ロシア人のウォトカの飲み方が千差万別で面白い。

 

ウォトカをぐいっと一杯あおった後に、

チェイサー代わりにビールを飲むおじさん。

一本のウォトカをすごい勢いで回し飲みする若者たち。

こちらも揃いも揃って、ぐいっとあおる。

公園で紙袋に隠しながら、人目を忍んでぐいぐいと飲む老人。

(知人にたかられるのを恐れているのだろうか?

もしくは奥様の目に怯えているのだろうか?)

 

とにかく老若男女のちがいこそあれ、

あれほど度数が強い酒を水のごとく飲んでいるのである。

 

ちなみにウォトカはグラム単位の量り売りが主なのもロシアならでは。

この「旅行者の朝食」というのは、

以前にロシアで売られていた缶詰の名前らしい。

どんな空腹感に襲われようとも、

口にすることを躊躇ってしまう不味さで、

ロシア人は「旅行者の朝食」というだけで、

小咄のオチが何十通りも出来てしまうほどの味。

誰もが思い浮かべて、苦笑いしてしまうぐらいの

不味い食べ物の代名詞となっている。

 

幸か不幸か、私はまだ「旅行者の朝食」を食したどころか、

お目にかかったことさえもない。

ただ少し気になる存在ではある。

(店主YUZO)

10月 20, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年10月18日 (火)

アネクドート(小咄)vol,2

0918

先回のブログが少し湿っぽかったので、ここは気分一新。

そこで、第1回が好評だった?

飛行機に載っている間に考えた小咄を何作かを披露します。

もちろん出来不出来を決めるのはあなたの感性次第。

 

作者が100年後も読むに耐えうる傑作だと

豪語したところで、所詮吠えているだけの座敷犬みたいなもの。

飼い主が家の扉を開けてくれないかぎり、

外にすら出られぬ存在に過ぎない。

 

 

ガソリンスタンドにて。

「いらっしゃいませ。満タンになさいますか」

「円高だというのに少しもガソリンが安くならないな。

ロシアは天然ガスも石油も余っているらしいのに、

国の政策なんかまったくアテにならんね。

だからこのスタンドが比較的に安い聞いたから、

わざわざ100キロ先の町から来た次第よ」

「それでは満タンですね」

「いや2000円分入れてくれ」

 

 

プーチン首相の記者会見

「次期の大統領選の候補として正式に決まったみたいですが、いまのところ対抗馬もなく、ほぼ大統領に選ばれる状況ですが、どう思われますか?」

「それは我々の政策が国民に理解されて、歓迎されているという意味として受け取っている。ロシアはつねに強い国でなければならない」

「ということは、大統領選後、長期的な経済政策やエネルギー問題などを、もう既に考えられていると理解してよろしいでしょうか?」

「それは時期早尚だよ。まだ白紙状態だ」

「そんなことないでしょう。いつもプーチン首相は、ロシアの指導者として一歩先の政治的な決断をされてきました。可能な範囲でよろしいので、決定事項のさわりの部分だけでも、お話を願います」

「仕方がない。統一ロシアとしては、2012年に私が大統領に当選後、2024年まで指揮をとり、2025年からメドベージェフが大統領になって、私が首相になる。2031年からは再び私が大統領になってメドベージェフが首相になり、その12年後の2043年から再びメドベージェフが大統領になって、私が首相になることだけは決まっている。それから6年後・・・」

 

 

ロシアの酒屋にて。

「おいおい今日は呑みすぎて、ヒクッ

ぜんぜん支払いが足りないぞ。同志」

「馬鹿言え。酒は飲むために存在するのであって、

金払うためにあるんじゃねえや」

「でもなあ同志。酒屋の親父は俺たちが長居するから

帰れないって、かんかんに怒っているし。ヒクッ」

「ヒクッ。俺に任せとけって。

財布には1ルーブルもないけれど、ヒクッ、

俺の腹の中には今1万ルーブル分のウォッカが入ったところだ。

そいつを酒屋に買戻してもらうよ。ヒクッ」

 

ということで、今回はロシアネタで攻めてみました。

ちなみに上の写真は、ロシアの野良犬です。

少し悲しげな眼をしているけれど、根はいい奴です。

(店主YUZO)

 

10月 18, 2011 店主のつぶやき | | コメント (0)

2011年10月16日 (日)

あのユーモアに満ちたマトには会えない

1  

仲買人のイワン君が私たちに会うなり言ったひと言が、

一瞬にして私の顔をこわばらせた。

「スミルノフさんが死んだよ」

そして続けて、

「彼は酒が好きだったから、それで身体を壊したらしい」

と言うとチェリパシカ氏は、やはりそうかと沈鬱な表情を浮かべた。

 

今年の2月、スミルノフさんに会ったチェリパシカ氏は、

「おれは、酒が入らないと良いマトリョーシカがつくれないんだな。だからここにある作品は、酒呑んでつくったものばかりだ」

と豪快に笑っていたことを思い出したからだ。

Photo_2 

私のスミルノフさんの思い出は、

初めてロシアに仕入れ旅行にいたときに遡る。

「これ何?」「これ、ください」

程度のロシア語しか話せない私は、

スミルノフさんのユーモアに満ちた作品に釘付けになった。

 

身振り手振りを駆使して何とか、

「私はあなたの作品の面白さが気に入りました。

これとこれをぜひ売ってください」という気持ちを伝えると、

スミルノフさんは、

私の作品ばかりでなく、私の妻の作品も買ってあげてくださいと、

自分の作品を脇に置いて、紹介もそこそこに、

次々と奥様の作品を並べては細かな説明をしてくれる。

 

店の奥では

奥様が恥ずかしそうに苦笑いをしながらも、

スミルノフさんを暖かく見つめていた。

私は奥様想いのスミルノフさんの勢いに押されて、

スミルノフさんの作品と同じ数だけ、

奥様の作品も買うことにした。

 

そのときスミルノフさんは、奥様の作品が売れたことを

我がことにのように喜んでいた。

仲の良い夫婦ぶり、陽気にそして饒舌に語るの人柄が

あのようなユーモアある作品を作り出す原動力となっているだ

というのが私のスミルノフさんの第一印象になった。

 1_21  

悲しみに打ちひしがれている私たちを見かねたのか、

イワン君が「奥様に電話して、まだ作品があるか聞いてみるよ」

と慰めてくれた。

その後はイワン君はスミルノフさんが、

どれだけ酒が好きで呑んだくれていたのか、

そのおかげで作品の納品をよくすっぽかされたと多少大げさに語り、

湿っぽい雰囲気を変えようとして心遣いが嬉しかった。

 

そして私たちが日本に旅立つ当日、

イワン君は奥様と連絡取れたことを教えてくれ、

欲しい作品をリストにして教えてくれれば、出来るかぎり、

手元に入るように交渉してくれると約束してくれた。

 

少しでも作品が集まったら、

ささやかでいいからスミルノフさん追悼の作品展をしよう。

いや、しなければならない。

ほぼ私の気持ちは決まっていた。

もちろんチェリパシカ氏も同じ気持ちなのだろう。

「今年中に、もう一度ロシアに行かなくちゃ」

と早くも次の訪問日程を決めている。

 

ただ私といえば、頭で理解していても、

まだ死を受け入れることができないでいる。

始終無口で、心中はどんよりと厚い雲で覆われたまま、

作品展ことだけを考えていた。

(店主YUZO)

10月 16, 2011 海外仕入れ | | コメント (2)

2011年10月14日 (金)

プレゼントを喜ぶ表現について考えた

Photo_2

今回のモスクワ訪問には、

仕入れという目的のほかに世話になっている

マトリョーシカ作家さんに「マトリョーシカ」本を

プレゼントすることももうひとつの目的としてあった。

 

遠く日本の地で、自分が丹精込めてつくったマトリョーシカが、

写真となって多くの人々の眼に触れてもらえるというのは、

作品をつくることを仕事にしている人々にとって、

このうえない喜びであるにちがいないからだ。

初日にコブロフさん、オリガさん、仲買人のイワン君、ザンナさん。

土日にタマラさん、オルガさん、ニコライバさん、セメノバさんと

差し上げたのだが、こちらが恐縮してしまうぐらいの大きなリアクションで、

心の喜びの気持ちを伝えてくれた。

 

コブロフさんは絶叫して周囲の仲間に自慢するし、

オリガさんは、何度も「ウラー!ウラー!」と声を上げて、

少女のような瞳で自分の頁を見つめている。

かなりな御年のタマラさんさえも、腰に手をやって小躍りすると、

旦那さんや娘さんに

「私は日本では有名人なのよ」と自慢げな態度をみせている。

仲買人のイワン君だって負けていない。

「気が変わったから返してなんて言うなよ」と冗談を飛ばして、

しっかりと胸に抱えている。

 

こうも屈託のない笑顔で、

喜びの気持ちをストレートに表現されると、

日本から持ってきた甲斐があったとしみじみと感じるのだ。

 

そこでふと思った。

日本人は、とくに私をふくめた日本のオジサンたちは、

絶対にこのような喜びの表現をできないだろうなと。

自分の心の内を曝け出すことに慣れていないだけでなく、

言葉や表情の表現力に乏しいのだ。

 

だから半分笑みをうかべて、

「ありがとう」とそっけなく言ってしまうのが関の山。

だからプレゼントをした方も、

何かまずい物をあげてしまったかなと余計な心配をしてしまうのである。

それが負のスパイラル、もしく誤解の芽となって、

プレゼントしても喜んでもらえないと拡大解釈がすすみ、

最後にはあの人には何もあげない方がお互いの幸せのためだと、

結論付けされてしまうのである。

 

日本のオジサンは、もっと表情や仕草に富んだ表現力を

身につけなければいけないと思う。

仕事場で国際化だのグローバル化だの偉そうに言っているだけでは、

真の国際人にはなれない。

それどころか家族からも、いつも険しい顔のお父さんと、

煙たがられた存在から脱することができない。

 

ともに変わろうではないか。日本のオジサンたちよ。

眉間の皺を縦から横に変えなければならない。

写真のコブロフさんのような笑顔をすぐに身につけようではないか!

 

今回は、「小沢昭一的こころ」のような話になってしまったナ。

 

註/「ウラー!」はロシア語でやった!の意味。

(店主YUZO)

10月 14, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月12日 (水)

ロシアより帰国しました

Photo  

10月6日、無事にロシアより帰国した。

今回も様々な出会いや新しい発見があったが、

最大の驚きはアエロフロート航空が、

劇的にサービスが向上したことに尽きるかもしれない。

 

最初にロシアに仕入れに行ったときに利用したのが当航空会社で、

そのときの苦い経験がトラウマのように脳裏に焼きついている。

リクライニングのボタンは破壊されて90度の垂直のまま。

機内放送、映画の上映は機材の不良という名のもとに無し。

さらに私の座席の室内灯は付かず真っ黒く照らすだけ。

そして不機嫌な顔が板についている添乗員。

 

さらに追い討ちをかけるような出来事として、

あまりの機内の退屈さにロシア人のオヤジ団体が、

ウォッカを飲み始め、陽気に騒ぎ出したかと思ったら、

乱気流に入り込んだとたん気分が悪くなり、

今度はそこいらで吐き出す始末。

耐え難い臭気と孤独感に責められた10時間のフライトだった。

ここまでの経験がなくとも、

過去に利用された経験があれば、そうだった、そうだったと

その定評あるサービスの悪さに肯くにちがない。

Tw0

 

それがある。

今回も10時間の孤独と忍耐のフライトを予想して、

屠殺場にむかう牛の心境、半ば諦めの境地で搭乗したのが、

座席前には上記写真のようにモニターがあり、

ゲームや映画を楽しめるようになっている。

 

そして機内食の質、添乗員の迅速な応対など

機内サービスも数段上がっている。

 

ここまで劇的に変化を遂げたことについては、

アエロフロート航空も誇りと考えているようで、

機内誌「オーロラ」で、

サービス向上した会社として3位に入賞したことを、

巻頭に記事を載せているのが、少し微笑ましい。

 

この劇的な変化について、わが友チェリパシカ氏は、

「おかげで運賃が1.5倍ぐらいに跳ね上がったけどね。

もし昔のアエロフロート的なサービスを懐かしむなら、

ロシア国内線に乗れば再会できるよ」

と冷静にコメント。

 

国際線という

世界の航空会社としのぎを削らなければならない市場で

昔のようなサービスでは生き残ることはできないと判断しての

全社一丸となっての改革だったと思う。

 

ただチェリパシカ氏が指摘するように、

サービスの悪かったことが、逆に強烈な印象を植えつけて

思い出になることだってありうる。

 

快適な旅だけが旅ではない。

 

旅にはトラブルやハプニングがつきものである。

それが旅の面白さといえなくもないが。

(店主YUZO)

10月 12, 2011 海外仕入れ | | コメント (1)

2011年10月 8日 (土)

セミのアネクドート(小咄)

Photo_4  

ロシア人はアネクドート(小咄)が得意である。

現地でたまに通訳を頼むことがあるのが、

食事のときは必ずと言っていいほど、アネクドートが出る。

 

米原万理著「ロシアは今日も荒れ模様」では、

だいたい一人当たり500話は持ちネタがあると書いてあったが、

多少誇張があっても、それはうなづける範囲。

何しろ、ウォッカ呑みながら延々と小咄をするのである。

ネタは多岐に渡るが、だいたい政治を皮肉ったものが多いようだ。

 

そこで先日話題にしたセミをお題に

小生もアネクドートを考えてみた。

 

まず一話。

 

低支持率にあえぐ民主党幹部が、

指示率アップのために会議をしていた。

「この夏、ミンミンゼミをミンシュー、ミンシューと鳴かせていかがでしょう。費用も少なくて済みますし、ミンミンゼミは日本中のいたるところで鳴いていますから」

その夏、日本国中では「ミンシュー、ミンシュー」の声が鳴り響き、

予想以上に支持率がアップした。

「このミンミンゼミ作戦は大成功だったな。先週の民主党支持率は80%まで上昇したぞ!今週はさらに上昇するなぁ」

しかし喜ぶ首相を横に、

幹部のひとりが浮かない顔をしていた。

「首相、このミンミンゼミ作戦は一週間が限界でした」

 

2話目。

 

民主党のミンミンゼミ作戦を受けて、

自民党ではさらなるパワーアップした作戦が練られていた。

「こちらは最初にアブラゼミのジージーと鳴かせて、それを受けてミンミンゼミをミンミンと鳴くかせるのはいかがでしょう。名づけてジーミン作戦。これは強力です」

その夏、日本の各地でジーミン。ジーミンとセミが鳴いた。

しかし支持率は平行線のまま伸びる気配すらなかった。

どうも国民には、

民事、民事としか聴こえなかったようである。

 

やれやれ。

堺正章風にいうならば「★ひとつ半」と雄叫びを上げるだろう。

ぴりっとしたスパイスが足りない。

このアネクドートへのご意見・感想、または苦情は

下記のフォームまでお願いします(笑)

 

https://kinoka.woodburning.jp/contact/

 

※写真は、呼び名も素敵なひぐらし。

 

(店主YUZO)

10月 8, 2011 店主のつぶやき | | コメント (0)

2011年10月 6日 (木)

ロシアのセミは鳴いているか

Photo_3  

9月末頃の話である。

 

台風も去り、そろそろ肌寒く感じてきたけれども、

まだ日によっては蒸し暑く、

寒暖さが日替わりでやってくるのだが、

近く公園では、未だにセミが鳴いているのである。

 

遠く子供の頃を思い返しても、9月初めに、

アブラゼミが去り、ツクツクボウシが鳴き納めをして、

初秋が来るというのが正しい夏の終わり方。

 

それなのに「まだまだ現役だぜ、死んでたまるか!」

とばかりにあちらこちらの木で鳴いているのである。

 

地球温暖化は着実に忍び寄っているのか。

それともここ数年でセミが劇的な進化をとげたのか。

セミの賑やかな鳴き声とは裏腹に、背筋に冷たいものを感じる。

 

そういえば、ロシアが記録的な猛暑に見舞われた昨年、

クーラーも無い35度を下らないホテルの部屋で、

息も絶え絶えの暮らしていたが、

ロシアでセミの鳴き声を聴くことはなかった。

聴こえるのは、暑さで頭が朦朧となった旅行者の呻き声だけ。

 

ちなみに日本の最北に住むセミは写真のエゾハルゼミである。

初夏の短い期間に鳴くらしい。

やがてこのセミが樺太へ渡り、大陸までひと跳びし、

バイカル湖の上を飛行し、ウラル山脈を越えて、

モスクワやサンクトペテルブルクで鳴く日がやって来たらと想像すると、

さらに背筋が冷たくなった。

 

とは言うものの、ヒメハルゼミの鳴き声は聴いたことないのだが。

(店主YUZO)

 

10月 6, 2011 店主のつぶやき | | コメント (0)

2011年10月 4日 (火)

開高健著「生物のとしての静物」

Photo 開高健には名随筆が多い。

戦争を語り、食べ物を語り、釣りを語り、人生の機微を語る。

 

この随筆では、万年筆、ライター、ジーンズ、

ナイフ、煙草、パイプといった

男の嗜好品について語り始めるや、話題はベトナムの戦場へ

アラスカの海へ、アマゾンの原生林へと話は飛び立ち、

大空を旋回し、留まることを知らない。

 

残念ながらマトリョーシカを語ることはなかったが、

もし語っていれば寒空のモスクワの露天商から、

シベリアの大自然までを豊穣な言葉で語っていたかもしれない。

 

ただ開高健が生きた時代は、ソビエト連邦だったせいか、

入国して旅をした内容の紀行文はないのも、

ひとりのファンとして寂しい気がする。

 

物を饒舌に語ることは、いかにしてその愛用品が

自分の手となり、身体の一部となりえたのかを

証明する行為である。

 

「この一本の夜々、モンブラン」での一文。

「飼いならし、書きならし、使いならしていくうちに好きとそうでないものが出てくるのであって、それにはやっぱり忍耐というのがどうしても求められる。忍耐してもいいという気になれるものとそうでない物があるんで、それは究極のところ、ブランドはありますまい。これは小さなことだけども、じつにむつかしいことでありますよ」

 

好きなったものに理由や説明はいりますまい。

恋愛と同様に。

 

今や私にとってマトリョーシカは、 

傍から見て稚拙な絵柄であっても、名も無き作家物であっても、

その作品や作家との出会いを含めての存在なので、

どれがお勧めかと訊かれても言葉に窮することがある。

 

そういうときは、

「第一印象ですよ。ビビッときたマトリョーシカが運命の出会いです」

とお答えしている。他意はない。

 

毎日見ていても飽くことがない。

それがその人にとっての究極のマトリョーシカだと思うからである。

 

(店主YUZO)

10月 4, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年10月 2日 (日)

開高健・CWニコル著「野生の叫び声」

Photo 先日、BSプレミアムで開港健の特集が、

2日間にわたって放映された。

 

何を隠そう。私は開高健が好きである。

釣りをする開高、語る開高、食べ尽くす開高を見ながら、

ひとり画面に向かって黄色い歓声を上げていた。

 

とくに2日目放映の、最晩年に背中の痛みに耐えながら

カナダで友人と釣りを楽しみ、最後の晩餐を愉しむ姿に、

自然と涙が頬をつたわってしまった。

 

年齢を重ねると涙腺やら足腰やらが弱るから困る。

 

開高健は自然を愛した人である。

 

若い頃に戦争の本質を知るために、

ベトナムへ従軍記者として旅立ち、

中年になってから釣りを始めると、

自然について本質を語りだした。

 

この対談本のなかでも

「迷いがないということになると、にわかに魚釣りがしたくなる。そうすると、鳥の声やらビーバーの姿が見えてくる。おそらく若いときは見えにくいと思います。若い人でもナチュラリストには見えるかもしれませんけれども、私に言わせると、三十五歳以後に森に入るともっとよく見えるでしょうね」

と語っている。

 

この気持ちよくわかるなぁ。

若い頃は都会の雑踏は一日中いても楽しめたのだが、

今は一時間としてもたず、心が音立てて折れてしまう。

それに合わせるように我が心は、

自然や森林を求め始めているし。

 

今日の一文は、

テレビでも紹介していた釣り師に関する中国のことわざ。

開高健も好んだ言葉のようで、たびたび引用している。

 

一時間、幸せになりたかったら酒を呑みなさい

三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい

八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい

永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい

 

もちろん私は、その境地まで達していない。

(店主YUZO)

 

 

 

10月 2, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)