« 小我野明子著「おとぎの国 ロシアのかわいい本」 | トップページ | 白井裕子著「森林の崩壊」 »

2011年9月28日 (水)

井原俊一著「日本の美林」

Photo

今日は森林についての一考。

先日の紀伊半島をおそった記録的な豪雨を見て、

これは天災ではなく人災なのではと、ふと思った。

 

山肌を滑って谷底へと流れていく杉の木立は、

何と細くて貧弱なのだろうと。

しっかりと根を張っておらず、土も岩もがっしりと掴んでおらず、

杭のように整列したまま奈落へ落ちていく。

 

紀伊半島は森の神が住まわれる聖地である。

 

その聖地には神木や何世紀にも渡って生き抜いた巨木が、

山々のいたる所に生えていると想像してしまうが、

あのような光景を目の当たりにすると、

神々は人間の業に飽きれて、もしくは疲れきって、

もう日本とはちがう自然豊かな日出ずる国に、

住まいを移してしまったのかと痛感しまう。

 

日本の森林が荒れ果てた原因は、

戦後まもなく国の森林政策であるといわれている。

復興住宅の需要を考えて、山のいたる所に杉を植えた。

そして杉が育成する時間を考えず、というより時間を惜しんだのか、

木材の輸入自由化をして、安い外材を大量に買い込んだ。

 

そして追い討ちをかけるように、林業従事者の減少である。

国土の70%の森林を有しているのに、

5万人前後の人で守っているのである。

哀呼。

 

この本は、日本の林業政策を批判、暴露しているものではない。

日本の森林の美しさを伝えるために、

全国24箇所を巡った紀行文である。

もちろん吉野の山々や紀州・ウメバガシ林の記述もある。

 

そして、これらの森林の美しさは原生林ではなく、

古代の人々の知恵と経験から代々受け継いできた

人の手が入った森林だということ。

 

50年先、100年先を見込んで森林を管理していたのである、

古代の人々は悠久の時間で物事を考えていたのだ。

森林を守ることは、山の恵だけでなく、

海の幸の恩恵を授かることにもつながっていく。

 

今や常識的に語られるこの事実も、

古代の人々は科学的にでなく、直感的に知っていたのである。

 

この本の結びの項の言葉。

「森づくりでは、時間を縮めることが進歩ではない。時間をかけてこそ、新たな価値が生まれていく。機械を使うとすれば、人手を助け、森の生命を育むためでなければならない」

 

時間を短縮的に、効率至上主義的に、もしくは切り売り的に使うことで、

経済発展という甘い汁を享受してきた

私たちの価値観を変える時期にきているのかも。

(店主YUZO)

 

9月 28, 2011 ブックレビュー |

コメント

いつも内容の濃いブログを楽しみにしております。現在ロシアにご出張と了解しておりますが、メールはご覧になれるのでしょうか。マトリョーシカの件でお聞きしたいことがあり、kinoka@hakko.com のアドレスにメールを差し上げました。ご多忙中恐縮ですが、出来ればロシアにご滞在中にお返事頂けましたら幸甚です。どうぞ宜しくお願い致します。

投稿: トモコ | 2011/09/29 6:02:58

トモコ様

こんばんは。
突然失礼いたします。木の香の店舗スタッフ廣川です。
このたびはお問い合わせをありがとうございます。
コメントがすぐに出来ず、申し訳ありませんでした。

店主から返信はございましたでしょうか?

木の香店舗は、本部と別の場所にあるため、お問い合わせ内容や店主の返信について確認ができずにおります。
もしお返事が届いておりませんでしたら、申し訳ございません。

返信がない場合や、そのほか何かございましたら、店舗のほうへもぜひお気軽にお問い合わせください。
お力になれるかわかりませんが、出来る限りのことをさせていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

投稿: 木の香スタッフ 廣川 | 2011/09/30 23:46:56

コメントを書く