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2009年12月 9日 (水)

スーパーマーケットで私も考えた

先回に引き続きスーパーマーケットの話。

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ロシアでは、肉や魚といった生鮮食料品は量り売りが主で、

ショーケースに、これでもかと言わんばかりに並んでいる。

そのショーケースも5m近いガラスばりのもので、

「これをください」と指でさすと、

ケースの向こう側に立っているおばさんが、秤に乗せてくれる。

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日本のようにカレーライス用、しゃぶしゃぶ用などと、

用途に応じてパックに小分けされておらず、

腿、肩、尻、顔、といった部位が、でんでんと置かれている。

これぞ肉の塊といった感じである。

日本の親切すぎる小分けは、

これが肉だという事実 を忘れさせるためにあるようだ。

血が滴るのが肉。

これを目の当たりにしたら、

草食系男子、肉食系女子なんて比喩をうっかり口に出せまい。

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この肉を喰らい付き、平らげなければ、我が生命の灯は、

いずれ消えてしまうのではないかという気分にさせられる。

あの肉には、先まで生きていたような、グロテスクな生々しさがある。

残 念ながらホテルには調理器具がないので、

指を咥えて見ているだけだが、一度は岩塩と胡椒をたっぷりかけて、

挑んでみたいと思う。

「あれを思い切り、喰らいついてみたいね」と私が言うとカメさんは、

「昔、1キロのステーキを食べたけど、あれは格闘 技だね。

ロシアの肉は味が単純すぎて、すぐに飽きる」

とうんざりした顔で言う。

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「そうなんだあ」

日本の牛や豚も気の毒である。

日本人の繊細な舌に合わせて品質改良され、

生命体であったこともパックに入れられて消され、

グラム単位にまで切り分けられて。

もはやスナック菓子のような浮ついた存在に成り下がっている。

やはり、うんざりした気分になっても良いから、

あの肉の塊と格闘 してみたい。

一瞬にして負けるかもしれないが、ロシアの大地で育った奴等は、

人間は他の生き物を食べて生き続けるから、生きながらえるという真理を、

再認識させてくれるに違いない。

(つづく)

12月 9, 2009 海外仕入れ |

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