姫のご乱心INスーベニール・ショップ
身体も温まったので、アルバート通りをぶらぶらと散歩する。
だいぶ底冷えがするせいか、カフェのテラス席には人影はなく、
人通りもまばらな感じがする。
露店商も店をたたみ、少年たちがヒップホップ踊っている以外、大道芸人もいない。
10月のモスクワの夜は、心なしか淋しい。
アルバート通りの真ん中あたりにある、スーベニール・ショップ(お土産屋)に入る。
この店のマトリョーシカは、アルバート通り屈指の品揃えで、
紙粘土でつくった帽子をかぶったものや、風変わりなものが置いてあるウィンドーショッピングには最適なお店。
入店するや、私は棚の端にあった
死んだロック・ミュージシャン・マトに目を奪われ、思わず衝動買い。
ドアーズのジム・モリソンを筆頭に、ジミヘン、ジャニス、
ボブ・マーリー、ジェリー・ガルシアと続くレア物で、
似顔絵が似ていないのが逆に愛情を感じさせる逸品。
だいたい有名人をモチーフにしたものは、プリントされたものが多く、
中国でつくられたものまでが出回っている。
似顔絵マトは似ていない方が、一生懸命つくりましたという
オーラが出ていて味があると思うのだが。(かなりな暴論?)
ニコライさんは俄然マトリョーシカに興味を持ったらしく、ひとつひとつ指差しては、
「あれは絵柄がつまらない。これは良い。
腕の良い絵描きがつくっているのでしょう」と寸評を楽しんでいる。
そして最後に、「でもニコライバさんには勝てませんね」
と結論づけているのが面白い。
さて姫はというと、棚の一点を物欲しそうに見つめていた。
あの眼の輝きは、スターバックスのときと同じ輝きである。
そしてニコライさんを呼ぶと、あのマトリョーシカを見たいのだけど、
店員にきいてもらえると頼んだ。
「一番上のサンタクロースですか?」
「ちがう、ちがう。その下の段にあるあれです」
「おだんごパンのマトリョーシカですね」
「ちがう、ちがう。その横のです」
「その横の?!」
ニコライさんは思わず絶句した。
それもそのはずである。姫の指差していたのは、セーラームーンのマトリョーシカ。
先ほどの自論から言えば、プリントではない
一生懸命描きました感のが滲む味のある逸品になるのだが、
絵は幼稚園のお絵かき程度で、べったりと塗られたポスターカラーが目に強く、痛々しい。
呆気にとられているニコライさんすら眼に入らず、
傷がないか確かめると、再び姫はご満悦の表情で、
この世紀の迷品を買い求めた。
「私は、あなた方のマトリョーシカへの思いがわかりません。
芸術品のようなものを好むのかと思ったら、
あんな安っぽいお土産品を喜んで買っている。
本当に、わかりません」
店を出てかニコライさんは、ぶつぶつと独り言を言っている。
「毎日、ステーキばかり食べていると、
たまにはラーメンが食べたくなるでしょう。あれと同じ心理ですよ」
「意味がわかりません」
「それならば毎日、キエフ風カツレツばかり食べていると、
たまにはピロシキが食べたくなるでしょう。そんな心理です」
「・・・・・・・」
ニコライさんはお疲れのご様子である。
(つづく)
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