ニコライバさんとの再会(2)
「ニコライバさんがマトリョーシカをつくり始めたのは、いつ頃からでしょうか」
「20年前ぐらいかしら。元々は技術者として働いていたんだけど、
仕事がなくってしまったの。それでマトリョーシカをつくり始めたの。
最初は近所の子どもたちにつくっていたわ。
そのうち友だちから市場で売ってみないかと言われて、売ったのが最初かな」
20年前といえばソビエトが崩壊して、ロシア人にとって政情不安だけでなく、
物不足にも喘いでいで苦渋の日々を過ごしていた頃である。
私はニコライバさんの年齢から察して、
制作活動は50年近いのではないかと思っていたので、この回答には驚いた。
しかも職を失ったため、自己流でつくり始めたという事実も。
「木は職人さんに削ってもらうのだけれども、表面が荒れていたり、
中心部がずれていたりすることが多いわね。
だからヤスリを使って自分で整えるの。
とくに底の部分は、ほとんどの作家が注意を払わないわね。
私はそれが嫌だから、底もきれいにして、マトリョーシカがぐらつかないようにするわ」
ニコライバさんのマトリョーシカは本人が言うだけあって、
底の部分は陶器のように滑らかだ。
ほとんどのマトリョーシカに見られる木工ろくろで出来る中心部の穴や、
顔を丸く描くために使うコンパスの跡がない。
それらの傷跡もニコライバさんが修繕しているのだ。
この妥協をゆるさない創作姿勢であるがゆえ、
量産することで質が落ちるのを拒んでいるのであろう。
きっと技術者として働いていたときも、よい仕事をしていたのだと思う。
私個人の意見を言わせてもらえば、マトリョーシカの伝統的な技法、
たとえば絵柄に民族衣装を採用したり、絵画的な陰影をつけない筆遣いだったり、
それらを踏襲しながらも、さらにその技法を深化させて、
芸術的な分野にまで入り込んだのが、ニコライバさんの作品だと思っている。
しかも絵画を専攻していたわけでなく、
技術者出身でありながら、誰からも習うことなく、
独自にその作風を生み出したのが面白い。
やはりマトリョーシカは奥が深い。
(つづく)

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