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2009年3月 3日 (火)

ニコライバさんとの再会(2)

「ニコライバさんがマトリョーシカをつくり始めたのは、いつ頃からでしょうか」

20年前ぐらいかしら。元々は技術者として働いていたんだけど、

仕事がなくってしまったの。それでマトリョーシカをつくり始めたの。

最初は近所の子どもたちにつくっていたわ。

そのうち友だちから市場で売ってみないかと言われて、売ったのが最初かな」

20年前といえばソビエトが崩壊して、ロシア人にとって政情不安だけでなく、

物不足にも喘いでいで苦渋の日々を過ごしていた頃である。

私はニコライバさんの年齢から察して、

制作活動は50年近いのではないかと思っていたので、この回答には驚いた。

しかも職を失ったため、自己流でつくり始めたという事実も。

「木は職人さんに削ってもらうのだけれども、表面が荒れていたり、

中心部がずれていたりすることが多いわね。

だからヤスリを使って自分で整えるの。

とくに底の部分は、ほとんどの作家が注意を払わないわね。

私はそれが嫌だから、底もきれいにして、マトリョーシカがぐらつかないようにするわ」

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ニコライバさんのマトリョーシカは本人が言うだけあって、

底の部分は陶器のように滑らかだ。

ほとんどのマトリョーシカに見られる木工ろくろで出来る中心部の穴や、

顔を丸く描くために使うコンパスの跡がない。

それらの傷跡もニコライバさんが修繕しているのだ。

この妥協をゆるさない創作姿勢であるがゆえ、

量産することで質が落ちるのを拒んでいるのであろう。

きっと技術者として働いていたときも、よい仕事をしていたのだと思う。

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私個人の意見を言わせてもらえば、マトリョーシカの伝統的な技法、

たとえば絵柄に民族衣装を採用したり、絵画的な陰影をつけない筆遣いだったり、

それらを踏襲しながらも、さらにその技法を深化させて、

芸術的な分野にまで入り込んだのが、ニコライバさんの作品だと思っている。

しかも絵画を専攻していたわけでなく、

技術者出身でありながら、誰からも習うことなく、

独自にその作風を生み出したのが面白い。

やはりマトリョーシカは奥が深い。

(つづく)

3月 3, 2009 海外仕入れ |

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