キエフ風カツレツの悲劇
さて昼食会。
白い壁と板張りの床の落ち着いたレストランに招かれる。
先回、ロシアに行ったときは自炊だったため、ペルメニ(ロシア風水餃子)ばかりだった。たぶん私が住んでいる海老名市では、
一番ペルメニの料理法を知っている人間だと思う。
そんな質素な食事ばかりしていたので、きちんとしたレストランは初めて。
言われるままに、キエフ風カツレツを頼んでみた。
副社長によると、キエフ風カツレツを初めて食べる人は、
その実態がわからないだけに相当に危険な食べ物らしい。
運ばれてきたキエフ風カツレツは、フットボールのような楕円をしていて、
その端に可愛らしく紙のリボンがついている。
そして不思議なことにソースの類は一切無い。
「大惨事が起こる前に、私が食べ方の見本をお見せしましょう」
どう手をつけてよいのかわからない私たちの目の前で、
紙のリボンを指で押さえ、すうっとカツレツにナイフを入れる。
するとカツの切れ目から、黄金色の溶けたバターが流れ出す。
そのダム決壊のような光景に、思わず拍手。
「キエフ風カツレツは中にバターがたくさん入っているので、ソースはいらないんですよ」
「ところで、この食べ物のどこが危険なのでしょうか?」
「この紙のリボンを握って、そのまま齧り付く人が多いんですね。
その瞬間、熱いバターで舌を火傷するか、流れ出したバターで服やネクタイを黄色く染めてしまう。
悲しい出来事です」
私は白いシャツを黄色く染めて、うつむきながらレストランを後にする
旅行者の一群を想像してみた。何人かは赤くなった舌を出して、ひいひい泣きながら。
なるほどやるせない悲劇である。
一見するとケン○ッキー・フライ○チキンに似ているだけに、
被害者は当局の発表よりも多いのかもしれない。
哀呼。
お味は、カツには鳥の笹身を使用しており、
バターが多く使われているのにかかわらず、あっさりとしている。
前菜に出た茸の酢漬けと食すると、さっぱりとした口当たりで美味しい。
週一回食べても、胃もたれすることはない感じである。
もっとも良い油で、さくっと揚げていればばの話だが。
最後にデザートのアイスを頼む。
その際、昔から気になっていたことを訊いてみる。
「ロシア人は、アイスが好きで真冬でも食べると聞いたのですが」
「はい。スタンド売っているアイスは特に人気で、
真冬でも午前中に売り切れてしまうほどです」
「身体が冷えてしまわないんですか?」
「いやいや、真冬のアイスは暖かいです」
「アイスが暖かい?」
「そうです。これは実際に真冬に味わってみないとわからない。
今度は真冬にアイスを食べにきてください」
そう言って副社長は、開いた口が塞がらない私たちを見て微笑む。
暖かいアイス。
ロシアの冬は厳しいとはきいているが、味覚までも変えてしまうほどの寒さなのか。
(つづく)

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