ニコライバさんとの再会(1)
さて腹が満たされると眠くなるのが世の常だが、
惰眠を貪っているわけにもいかない。
いよいよロシア訪問の目的のひとつでもあるニコラバさんに会う時間が、
迫っているためだ。
半年前、初めて会ったときは、ニコライバさんがロシア語、
私が日本語と英単語と会話が成り立っていたかは、甚だ疑わしかったものの、
ニコライバさんが今度モスクワに来るときは電話してと、
番号を教えてくれたのだ。
今回、ニコライさんという心強い通訳がいるし、訊きたいことはたくさんある。
マトリョーシカをつくって何年経つかとか、絵の具は何を使っているのか、
ソビエト時代のマトリョーシカ制作はどんな様子だったのか・・・等々。
わざわざ出向いてくれるニコライバさんに対して、
質問攻めにしてしまうのではと不安にさえなった。
ホテルのロビーで待っていると、ニコライバさんがバックパックを背負ってやって来た。
背筋がすっと伸びていて、ハイカラなおばあちゃんという感じである。
私はその姿を見るなり胸が熱くなった。
早々に挨拶と握手を交わし、ニコライバさんが私の前に座った。
それだけで嬉しい気持ちに包まれてしまう。
半年前に、わずかな時間しか言葉を交わさなかった日本人ために、
わざわざ出向いてくれる人柄が嬉しい。
(先回も、私に電話番号を渡そうと、2時間以上も市場を探し回ってくれた人柄なのだ)
質問したいことが山ほどあるのに、いざ本人を目の前にすると、
すべて飛んでしまって、なかなか出来ないものである。
するとニコライバさんか最近つくった作品数点と、
過去自分がつくった作品の写真を見せてくれた。
どの作品も民族衣装の柄が、細かくて均整が取れていて美しい。
「民族衣装のマトリョーシカにこだわるのは、私の作品のテーマでもあるから。
各地方の衣装を忠実に再現するために、本や文献などを調べます。
今では着られていない古い衣装もあるわ。
そしてマトリョーシカをつくるとき、この子にはどんな衣装を着させてあげようか、
楽器を持たせようか、歌わせてみようかと、いろいろと考えるのが、とても楽しいわ」
「わかります。ニコライバさんのマトリョーシカは、
日本にもたくさんファンがいます。とても丁寧につくられていて、
それでいて女の子の表情が素朴で可愛らしいと言っています」
「そう言えば、何年か前にMさんという日本人が、
私の作品をよく買ってくれたわ。その方、ご存知かしら」
「残念ながら知らない人ですが、
その人が、初めて日本にニコライバさんの作品を紹介した方だと思います。
ところで、ニコライバさんはひと月に何体ぐらい制作されるのですか?」
「昔は、3日でひとつ仕上げていたけれど、今では1週間に1体がやっとね。
もう歳だからね。今は市場に売りに行くこともないわ」
ということは、多くても月に4体から5体しかつくらない計算になり、
かなり寡作な制作数であることが窺える。
ふつう量産系のマトリョーシカであれば、ひとつのデザインで30体から50体、
作家であっても10体は、一度につくるであろう。
1体毎つくるという作家は、その創作姿勢として、かなり珍しいと思う。
ふと気がつくと、ニコライさんの目つきがおかしい。
ニコライバさんのマトリョーシカを凝視したまま、「すごい、すごい」と呟いている。
ニコライさんの中で何か熱いものが弾けているようだ。
(つづく)
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