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2009年2月24日 (火)

ニコライバさんとの再会(1)

さて腹が満たされると眠くなるのが世の常だが、

惰眠を貪っているわけにもいかない。

いよいよロシア訪問の目的のひとつでもあるニコラバさんに会う時間が、

迫っているためだ。

半年前、初めて会ったときは、ニコライバさんがロシア語、

私が日本語と英単語と会話が成り立っていたかは、甚だ疑わしかったものの、

ニコライバさんが今度モスクワに来るときは電話してと、

番号を教えてくれたのだ。

今回、ニコライさんという心強い通訳がいるし、訊きたいことはたくさんある。

マトリョーシカをつくって何年経つかとか、絵の具は何を使っているのか、

ソビエト時代のマトリョーシカ制作はどんな様子だったのか・・・等々。

わざわざ出向いてくれるニコライバさんに対して、

質問攻めにしてしまうのではと不安にさえなった。

ホテルのロビーで待っていると、ニコライバさんがバックパックを背負ってやって来た。

背筋がすっと伸びていて、ハイカラなおばあちゃんという感じである。

私はその姿を見るなり胸が熱くなった。

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早々に挨拶と握手を交わし、ニコライバさんが私の前に座った。

それだけで嬉しい気持ちに包まれてしまう。

半年前に、わずかな時間しか言葉を交わさなかった日本人ために、

わざわざ出向いてくれる人柄が嬉しい。

(先回も、私に電話番号を渡そうと、2時間以上も市場を探し回ってくれた人柄なのだ)

質問したいことが山ほどあるのに、いざ本人を目の前にすると、

すべて飛んでしまって、なかなか出来ないものである。

するとニコライバさんか最近つくった作品数点と、

過去自分がつくった作品の写真を見せてくれた。

どの作品も民族衣装の柄が、細かくて均整が取れていて美しい。113_10

「民族衣装のマトリョーシカにこだわるのは、私の作品のテーマでもあるから。

各地方の衣装を忠実に再現するために、本や文献などを調べます。

今では着られていない古い衣装もあるわ。

そしてマトリョーシカをつくるとき、この子にはどんな衣装を着させてあげようか、

楽器を持たせようか、歌わせてみようかと、いろいろと考えるのが、とても楽しいわ」

「わかります。ニコライバさんのマトリョーシカは、

日本にもたくさんファンがいます。とても丁寧につくられていて、

それでいて女の子の表情が素朴で可愛らしいと言っています」

「そう言えば、何年か前にMさんという日本人が、

私の作品をよく買ってくれたわ。その方、ご存知かしら」

「残念ながら知らない人ですが、

その人が、初めて日本にニコライバさんの作品を紹介した方だと思います。

ところで、ニコライバさんはひと月に何体ぐらい制作されるのですか?」

「昔は、3日でひとつ仕上げていたけれど、今では1週間に1体がやっとね。

もう歳だからね。今は市場に売りに行くこともないわ」

ということは、多くても月に4体から5体しかつくらない計算になり、

かなり寡作な制作数であることが窺える。

ふつう量産系のマトリョーシカであれば、ひとつのデザインで30体から50体、

作家であっても10体は、一度につくるであろう。

1体毎つくるという作家は、その創作姿勢として、かなり珍しいと思う。

ふと気がつくと、ニコライさんの目つきがおかしい。

ニコライバさんのマトリョーシカを凝視したまま、「すごい、すごい」と呟いている。

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ニコライさんの中で何か熱いものが弾けているようだ。

(つづく)

2月 24, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月19日 (木)

キエフ風カツレツの悲劇

さて昼食会。

白い壁と板張りの床の落ち着いたレストランに招かれる。

先回、ロシアに行ったときは自炊だったため、ペルメニ(ロシア風水餃子)ばかりだった。たぶん私が住んでいる海老名市では、

一番ペルメニの料理法を知っている人間だと思う。

そんな質素な食事ばかりしていたので、きちんとしたレストランは初めて。

言われるままに、キエフ風カツレツを頼んでみた。

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副社長によると、キエフ風カツレツを初めて食べる人は、

その実態がわからないだけに相当に危険な食べ物らしい。

運ばれてきたキエフ風カツレツは、フットボールのような楕円をしていて、

その端に可愛らしく紙のリボンがついている。

そして不思議なことにソースの類は一切無い。

「大惨事が起こる前に、私が食べ方の見本をお見せしましょう」

どう手をつけてよいのかわからない私たちの目の前で、

紙のリボンを指で押さえ、すうっとカツレツにナイフを入れる。

するとカツの切れ目から、黄金色の溶けたバターが流れ出す。

そのダム決壊のような光景に、思わず拍手。

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「キエフ風カツレツは中にバターがたくさん入っているので、ソースはいらないんですよ」

「ところで、この食べ物のどこが危険なのでしょうか?」

「この紙のリボンを握って、そのまま齧り付く人が多いんですね。

その瞬間、熱いバターで舌を火傷するか、流れ出したバターで服やネクタイを黄色く染めてしまう。

悲しい出来事です」

私は白いシャツを黄色く染めて、うつむきながらレストランを後にする

旅行者の一群を想像してみた。何人かは赤くなった舌を出して、ひいひい泣きながら。

なるほどやるせない悲劇である。

一見するとケン○ッキー・フライ○チキンに似ているだけに、

被害者は当局の発表よりも多いのかもしれない。

哀呼。

お味は、カツには鳥の笹身を使用しており、

バターが多く使われているのにかかわらず、あっさりとしている。

前菜に出た茸の酢漬けと食すると、さっぱりとした口当たりで美味しい。

週一回食べても、胃もたれすることはない感じである。

もっとも良い油で、さくっと揚げていればばの話だが。

最後にデザートのアイスを頼む。

その際、昔から気になっていたことを訊いてみる。

「ロシア人は、アイスが好きで真冬でも食べると聞いたのですが」

「はい。スタンド売っているアイスは特に人気で、

真冬でも午前中に売り切れてしまうほどです」

「身体が冷えてしまわないんですか?」

「いやいや、真冬のアイスは暖かいです」

「アイスが暖かい?」

「そうです。これは実際に真冬に味わってみないとわからない。

今度は真冬にアイスを食べにきてください」

そう言って副社長は、開いた口が塞がらない私たちを見て微笑む。

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暖かいアイス。

ロシアの冬は厳しいとはきいているが、味覚までも変えてしまうほどの寒さなのか。

(つづく)

2月 19, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月10日 (火)

ロシア版「カンブリア宮殿」

 昼食会が気になって一睡もできなかった小心者の私は()、早めにホテルの朝食を食べに行く。

バイキング形式の朝食なのだがディナーかと思うぐらい種類は豊富で、

チョウザメのムニエルやら、チョコレートの噴水やら、豚の足が丸ごとのハムやらが、

市場のように並んでいる。

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未だに日本人の多くは思っているかもしれないが、

ロシアには物が無いというのは遠い昔の話なのである。

 そして食材のボリュームに圧倒されることなく、パフェをふたつ満足そうに食べるおばはんがいたり、ホットケーキを積み上げてご満悦のおっさんがいたりする。

  ロシア人の胃袋に感服するのみで、私は果物やらサラダといった雀の餌をちまちま食べている。

あのくらいの食欲がないと、世界を渡り歩けないのだよねと、

たかなしさんと溜め息をつきながら。

 10時。待ち合わせ時刻の15分前に来た、

ミスター綿密スケジュール・ニコライさんに案内されて会社へ。

そして到着するや、すぐ副社長がいる事務所へ向かう。

「私よりも日本語が上手ですから、そんな緊張しないでもいいですよ」

と私の心を見透かしているかのようにニコライさん。

 でも日本語話せても、共通の話題がないのだよ。

だいたい、ぬるま湯のなかで生きてきた人間なのだから、

ロシア経済どころか日本の経済すらわからぬし、詩吟のひとつでも吟じて相手を喜ばすわけでもない。

  高尚な話自体が無理というものだ。

事務所で待つこと5分、いよいよ副社長が登場。2mはあろうかと思う背丈と、

恰幅の良さは、いかにも経営者然としている。そしてブラシのような髭。

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「お会いできて光栄です」とまずは握手。

「ロシアは初めてですか」

「今回で2回目です。先回は4月に来ました」

「そうですか。社長からは、あなた方のビジネスをサポートするように言われているのですが、どのようなビジネスをされているのでしょうか?

「マトリョーシカを中心に、ロシアの伝統的な木工芸品を扱っています。このビジネスを始めて3年目なので、取り扱いは少ないのですが」

 ニコライさんが言っていたとおり日本語が上手で、しかもすごく親しみやすい声なので、先ほどの緊張は、すっと抜けていった感じである。

「毎回、どのくらい仕入れられるのですか。一度にコンテナ何個ぐらいでしょうか?

「恥ずかしいですが、コンテナどころか郵便小包で5,6個程度です」

「恥じることはありません。どんな商売でも初めから大きいものは無いですから。それにロシアの工芸品を扱うのは、実にユニークで良い発想です。必ず大きなビジネスになります。そうなるように、いくらでもサポートしますから、気兼ねなくおっしゃってください」

 副社長に励まされると、本当に「木の香」が発展していく気持ちになるから不思議だ。

  この人が持っている優しいオーラが、周りの空気を穏やかにするのだろう。

この日系企業は、ソビエト時代に現会長が単身ロシアに渡り、何十年という時を経て、築きあげたのだという。

その間にソビエト崩壊があり、経済危機があり、またロシアらしく猫の目のように変化する法律や関税がありと、決して平坦な道ではなかった。

 そして成功した現在、自分の経験が生かせるのならば、

  ロシアとビジネスをしようとする会社や個人を、営利に関係なくサポートし、それが日露友好に結びつけばと望んでいる。

近くて遠い国。というより、近いけれども霧に霞んで見えにくい国ロシア。

その霧を晴らそうと、地道に友好の種を蒔く人がいる。

 

……と感動していたら、お腹が鳴った。凡人は食欲だけは正直だから困る。

(つづく)

2月 10, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月 3日 (火)

ニコライさんの重大発言

 その日の夕方、今回仕入れをサポートしてくれるニコライさんと打ち合わせ。ニコライさんはモスクワ大学で日本語を専攻していただけに、日本語は堪能で、また日本文化にも造詣が深い。現在の日系企業で働く前は、日本のアニメの台詞を訳していたという。

日本語に興味を持ったきっかけは、書道の墨の匂いというのだから、人間何が動機になるのかわからないものだ。

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 ロシアについてから、当然のことながらロシア語に苛まれ続けていた私たちには、ニコライさんの日本語はひと安心。思わず顔もほころぶ。

 まだ学生のようなあどけない顔しているニコライさんは、まだ見ぬマトリョーシカを探し求めてモスクワまで、はるばるやって来たことに疑心暗鬼で、

「マトリョーシカみたいなものは日本人が本気でつくったら、ロシアより良いものができるでしょう」とこちらの本意がなかなか伝わらない。

 しかし日本から希望を出していたおもちゃ博物館とマトリョーシカ工場の見学、ニコライバさんへのすべて連絡は済ませていて、さらに私たちが興味ありそうと思われるものを、いろいろとピックアップしていてくれている。実に綿密なスケジュール。思わず感動の声を上げてしまう。

 だいたいニコライさんは、日本で一番好きな場所は、神田の古本屋街という人柄なのだ。あの日本語と古書に囲まれた空間ならば、何時間でも過ごせるというのだから、私たちがマトリョーシカを追い求める気持ちに、何か心通じるものがあるのだろうと思う。この心遣い。爪の垢でも煎じて、○○さんに飲ませてあげたい。

「けれどもわざわざ日本から来てまで探す、マトリョーシカの魅力が私にはわからない」と少し困り顔のニコライさん。いろいろと写真を見せてみるが、反応は今ひとつ。

「実際に作家さんの素晴らしい作品を眼にしたらわかります!」

などと負け惜しみのように言ってみるものの、やがてこの言葉がニコライさんの眠っていた心に火をつけることになる……。

その事実をニコライさんも私たちも未だ知らない。

「そうそう、明日は弊社副社長と昼食会があります。ぜひ美味しいロシア料理を堪能してください」

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「?????、な、な、なっ、副社長と昼食会!?」

「遠慮はご無用ですから、御好きな物を食べてくださいね」

 ニコライさんは、にこやかに微笑む。

 一般的な日本人ならば「きいてないよ~!」とウラ拳で突っ込むところだけれど、ロシアの大手企業の副社長というイメージが先行して、ウラ拳どころか掌に大粒の汗をかくのが精一杯の私だった。

(つづく)

2月 3, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)