2017年11月23日 (木)

中国深圳驚天動地の旅(上)





つい先日、会社から特命を受けて、中国深圳に行くことになった。
もちろん中国に木の香出店の下調べでもなければ、日中友好の特使としてでもない。
特命ゆえ内容は明記できないが、会社としては重要ような事項であるのは明白で、私以外にも3人が同行することなった。
当然のことであるが、正しい判断である。

羽田空港から香港まで飛行機で行き、それから陸路で深圳に入る。
飛行機は4時間半ぐらいで、入国審査が30分ぐらい。陸路は2時間ほどで、途中で国境の検問がある。
香港空港はハブ空港なゆえか、たくさんの人種が集まっていて、まさにメルティング・ポット。海外に来たという気分に否が応にもなる。





悪友が香港と深圳は歩いても行ける距離だと嘯いていたが、香港から海の彼方に深圳のビル群が見えるものの、霧に包まれて摩天楼のようである。
それも向う岸に数十キロにわたって何棟も高層ビルが聳えているから、深圳の大きさがわかるというもの。

距離感を日本で喩えるならば、瀬戸大橋を渡るような感じ。
もちろん岡山県にも愛媛県にも、あれほどのビル群は存在しないが、とうてい歩いて行ける距離ではない。
悪友は舌から先に生まれた鎌倉に住む男。
海が目の前にないと、すぐに嘯く癖がある。

国境の検問はETC導入前の料金所のようで、たくさんの自動車で渋滞しているが、銃を携えた兵士が跋扈するような物々しさはない。
病院の待合室のようで
「カトウサンハダレ?」
と小窓から検問官が言うと
「ワタシデス」と手を挙げてニコリと笑うだけで済む。
「ニュウコクノモクテキハ?」と威圧的な詰問もなく、袖の下を要求されることもなく、平和裡に事務的に進むのが嬉しい。
自分のパスポートはロシアのビザばかりなので、少し不穏な動きでも何故か緊張してしまうのが癖づいてしまっている。





そしてホテルに着くと、現地のスタッフが迎えてくれた。
スタッフはとても気遣いのある人柄で、中国語が話せない私にいろいろと便宜を図ってくれる。日本人の「おもてなし」の一歩先をいく心のきめ細やかさである。
そういう時に、いつも自己嫌悪に陥るのは、海外に行く前に挨拶や最低限の言葉を覚えれば良かったと、ツボから手が抜けなくなった熊のように反省してしまう。
「你好」と「謝謝」だけで会話にもならない。




初日は打合せを兼ねて広東料理の店へ。
思えば、まだ陽の開けない早朝から今まで、すでに14時間も経っている。
どんなに緊張を強いられても、悲しいことが起きても、腹が減るのは人間の業である。
メニューには日本語こそないが、分かり易いように写真と英語が添えてある。

ただ嬉しいのは同じ漢字を使う国。
ひらがなの無い重厚感のある料理名を見て、どんな料理なのか想像がつくのが嬉しい。
「清蒸石斑魚」、「芙蓉蛋」、「清炒菜心」、「海鮮炒飯」と漢字が表すとおりの料理が運ばれてくる。
私は当然のことながら、まずは「啤酒!」と注文する。
もちろん青島啤酒である。

そこで最初に覚える中国語は「啤酒」と「好吃」と腹に決めた。
人間が生きていく上で重要な単語である。

食事にありつけなければ、餓死してしまう。酒にありつけなければ、心が休まらない。

ちなみに「好吃」は美味しいという意味である。


♬写真と本文はあまり関係ありません。
(店主・YUZOO)

11月 23, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月19日 (日)

第9回 紙の上をめぐる旅




開高健編『それでも飲まずにいられない』(講談社文庫)

題名がしめす通り、酒にまつわる随筆、掌編小説、それにクレメント・フルードという作家の二日酔いに対する処方を綴った文章で構成されている。
当然のことながら、随筆はウンウンと我がことのように身につまされる話ではあるが、そんな風に酔ってはいけないと反面教師にはならない。
深い哀悼の念をもって同情するだけである。

酒呑みが反省と懺悔を毎朝繰り返していたら、教会はいくつあっても足りないだろうし、後悔という言葉はちがう意味に変わってしまうだろう。
しかしそんな凡人の酒呑みとは、まったくちがう肉体を持った人間、もしくはバッカスに愛された人間が、この世界には存在する。
開高健が尊師・井伏鱒二について書いた一文を紹介。

「あの人自身は、ハシャギもしない。ブスッとして飲んでいるだけだが、なんとなく人を誘い込んで、長酒にしてしまう癖があって、飲んでいる方は立てない。こちらはひとりで飲んでひとりでしゃべる。井伏さんは、相槌を打つだけだが、それでもなんとなく引きずりこまれてしまう。そのあげくが、玉川上水に飛び込んでしまったり、ご存じのように死屍累々という結果になる」

酒を呑んでついつい饒舌になり、仕事の愚痴を言ったり、自分がどれだけ女性にモテるのか吹聴したり、学生の頃の自慢話をしたりしているようでは、バッカスには愛されない。こちらに視線を送ることさえない。
しかも次の日、ズキズキ痛む頭を抱えて、布団の中で右へ左へと転がっているようでは。
他人の与太話に耳を傾けて頷きながらも、反論はせず、話の腰を折らず、黙って聞いている。今宵も愉しい酒だなと、目を細めるだけで十分ある。
そういう人物だけにバッカスは優しい瞳で見守ってくれるのである。

井伏鱒二が齢八十を越えての話である。
私のように酒の席で奇声を張り上げていては、バッカスが眼を瞠ることはない。
まだまだ若輩者と反省した次第。

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2017年11月13日 (月)

第8回 紙の上をめぐる旅




山口瞳・開高健『やってみなはれ みとくんなはれ』(新潮文庫)

芥川賞・直木賞受賞作家が綴るサントリー七十年史。
両作家ともサントリー宣伝部に在籍していただけに、創業者である鳥井信治郎のベンチャー精神を、豊かな墨を含んだ筆で、活き活きと描いている。

しかし筆遣いの巧みさ以上に、鳥井信治郎の経営感覚があまりにも破天荒で、決断、発想、行動、冒険、挑戦、先見、人情、どれをとっても規格外。センチか、インチか、尺か、どの物差しで測っても測定不能。
その強烈な個性に、思わず私の小さな眼も瞠らざる負えない。
社史という特殊性を差し引いても、フィクションを悠々と越えてしまう経営者は、数えるほどしかいないだろう。

山口瞳は、その企業精神を明治期の実業家に根付いている心として「青雲の志」と名づけ、開高健は飽くなき挑戦に「やってみなはれ」という言葉で表した。

さて。しかし。現在。
麻袋に詰め込まれた小豆のような個性が、「自分探し」、「夢を信じて」、「新しいことに挑戦」だの声高に叫んだところで、どうやって麻袋から飛び出すことができようか。
少し紅く色づいた程度で終わりだろう。
撤回する公なる理由が見つかった時点で、その珠玉の志は微かな腐臭を漂わせ、時が経つにつれ、理由が結論へと移り変わりてしまうのがオチだろう。
酒場の議論にさえならない。

明治が規格外なのか、平成が既製品なのか。
世界がどんどん小さくなり、ライバルも国内だけでなく世界中の企業としのぎを削らなければならない現在、すべての会社が既成概念からの脱皮を謳っているものの、試みるのはどこかの二番煎じ、もしくは石橋を叩いて渡らずになってはいないだろうか。
目まぐるしく変化する世界に、思わず言葉を失い絶句し、舌を巻くどころか、尻まで捲り上げてはないだろうか。

開高健は「驚くこと忘れた心はつねに何物をも生みださない」と言い「森羅万象に多情多恨たれ」と説いた。
生き抜くための真理である。


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2017年11月10日 (金)

第7回 紙の上をめぐる旅




川崎浹『ロシアのユーモア』(講談社選書メチエ)

ロシアはアネクドート(小話)の宝庫である。
しかし読み人知らずのアネクドートを耳元で囁いて権力を辛辣に笑う、庶民の憂さ晴らしの文化は、過去になりつつあるようだ。
原因は、対象となるべき絶対的な権力体制や社会的矛盾が、表向きは無くなったおかげで、鮮度の良いアネクドートを生み出す環境がなくなったというのが実情みたいだが。
つまり池の水が澄んでくると、アネクドートという魚が住める環境でなくなる。

池の水が濁っていた頃の珠玉のアネクドートは、酒井睦夫『ロシアン・ジョーク』(学研新書)に収さめられていてるので、興味のある方は一読を。
またインターネットでも「ロシア・ジョーク」で検索すれば、容易に愉しむことができる。

この本は、アネクドートにかけては世界一を誇るロシア人の気質を、300年に渡る政治体制とともに推移したもので、やや学術的な色合いを帯びている。
つまりロシア庶民が反体制の旗を翻すことなく、宴会の席や親戚の集いなどで、信頼できる相手だけに耳打ちしたささやかな反抗の歴史を紐解いた本でもある。

それだけにアネクドートのオチの部分を解説する時があり、興味を削がれることがある。
話のオチを解説して笑いをとれるのは、林家三平ぐらいのもので、詳細な説明した時点で鮮度は落ち、生節のように鉛色に変化してしまう。
逆を言えば、他国に住んでいる以上、その国の政情や体制をよくよく理解しない限り、そのアネクドートの真の面白さや辛辣が半分もわからないとも言える。

アネクドートが実り多き時代は、やはりロシアの体制が大きく変化している時と重なる。
スターリン批判があったフルシチョフ時代。ペレストロイカのゴルバチョフ時代。
また停滞期と言われたブレジネフ時代は、自虐ネタが多く、意外にも収穫期を迎えている。
さて、その極上のアネクドートが犇めくなかで、現在の我が国にも通じる辛口の吟醸酒をひとつ。

フルシチョフが壇上から独裁者スターリンをはじめて批判し、スターリンの専横ぶりを数えあげたとき、出席していた党委員のなかから声があがった。
「そのとき貴方は何をしていたのですか?」
すると即座にフルシチョフが応じた。
「いま発言したのは誰か、挙手していただきたい」
誰も挙手する者がいなかったので、フルシチョフは答えた。
「いまの貴方と同じように、私も黙っていた」



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2017年11月 8日 (水)

第6回 紙の上をめぐる旅




小沢昭一・宮越太郎『小沢昭一的東海道ちんたら旅』(新潮社)

TBSラジオの人気番組「小沢昭一的こころ」は、われわれ中年のどんよりと光る滓星にとっては、小沢昭一の軽妙な語り口を懐かしく思うだろう。

夕暮れ時に、会社に戻る車の中で、渋滞に苛立ちながらも、時事放談から猥談まで、その話術の巧みさと話題の広さに思わず微笑んで、すべての道は会社につながると、大船に乗った気分になった御同輩もいるのではないか。
冴えない父親の代表のような宮坂さんが、会社でも家庭でも粗大ゴミ扱いされ、行きつけの飲み屋でちびりちびりと酒を酌む姿に、深く同情した諸兄も多いのではないか。
私もそのクチである。

残念ながら小沢昭一の死去によって番組は終了してしまったが、さすが人気番組だけあって書籍やCD音源など、数々残されていて、あの語り口を思い浮かべながら、古本屋の鄙びた本棚で見つけては、少しずつ買っている次第。

この本は1995年に発刊で、東海道をテーマにしたもの。
カバーは車窓を模して四角い穴が空いていて、そこから琵琶湖を眺めることができ、カバーの裏は東京から大阪までの双六が印刷されている。
こういう凝った装丁は好むところで、電子書籍ではこの味わいは楽しめまい。

昭和生まれの私は、ページは人差し指で、あっち行けとばかりに携帯電話の画面の上を滑らすよりも、1枚1枚、楽しみながらめくっていくのが、性に合っている。
小学校の時代から、何かをめくることは楽しいものだ。

この本は、今や新幹線で2時間半で結んでしまう東京〜大阪間を、鈍行列車を乗り継いで行くのが粗筋。
あまりメジャーでない名所旧跡を巡ったり、B級グルメに舌鼓を打ったりと、肩肘の張らない気ままな旅が記されている。
昔の交通標語ではないが「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」を地で行っているような旅である。

岐阜にある男の遊園地、金津園の地名の由来を真摯に調査したり、セタシジミや山田大根といった今や食卓に上がらなくなった食材を探したり、それほど重要でない問題にこだわる姿がいい。
またベンチに座って、ぼんやりと若き女性の美尻に惚ける姿もいい。
これぞ、男の一人旅と言えよう。

あの名調子の語り口を頭に思い浮かべて読むのもよし、少しスケベなオジサンの道中記として読むのもよし。
どちらにせよ、肩の力が抜けること請け合い。四十肩も治ります。

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2017年11月 3日 (金)

第5回 紙の上をめぐる旅




吉行淳之介編『酒中日記』(中公文庫)

昭和41年1月から「週刊現代」で連載された人気コーナーを単行本にしたもの。
題名通りに32名の著名作家が、その日に行った居酒屋、バー、スナック等について日記風に綴っている。
今は存在するかわからないが、作家や編集者がよく行くバー、つまり文壇バーなるものが銀座界隈には数多くあり、陽が暮れて尻のあたりがむずむずとしてくると、人目を忍んで通っていたらしい。

そこには大作家の某先生がウィスキーを愉しんでおられ、カウンターの隅では新進気鋭の若手作家が影のように呑み、テーブル席では編集者と流行作家が怪気炎をあげている。
ゆえに32名の作家でありながら、日記の上では同じバーで席を共にしており、芥川龍之介の「藪の中」のごとく、ひとつの小事件について、それぞれの立場から書いている。
小事件には、彼奴の妄言で修羅場を迎えた、受賞祝いで浴びるほど呑まされた、酔うと梯子酒をするから付き合いきれないなど、数々の証言が綴られているが、所詮酔客の濁った眼で見たもの。真相は藪の中である。

橋の下をたくさんの水が流れるが如く、舌の上をたくさんの酒が流れていく。
酒を嗜まない人からすれば、そんな前後不覚になるほどまで鯨飲して、醜態を晒し、何が愉しいのかと思われる向きもあるだろう。
それについての反省は、翌日、寝床の中でズキズキ痛む頭を抱えて、何度も十字を切っていることからもわかる。
反省する気持ちはその朝にしか訪れない。
酒呑みという人種は。

酒は舌を滑らかにする。
酒はひと時でもこの世の憂さを忘れさせてくれる。
そんな使い古された言い訳は今更言わない。
そこに酒があるから呑んでしまうのである。
赤い酒やら白い酒、果ては黄色い酒が、目の前で手招きするから、それならば呑んでやろうという気になってしまうのである。
これは酒呑みの習性。仕方がない。

この本。
あの著名な作家も鯨飲しては宿酔いに苛まれていると知り、酒呑みは勇気づけられる本。
バイブルにはならないが、参考書にはなる。

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2017年10月30日 (月)

第4回 紙の上をめぐる旅





米原万里・佐藤優編『偉くない「私」が一番自由』(文春文庫)

米原万里が天に旅立って10年、生前に交流のあった佐藤優が、ロシア料理のコースに喩えて、その才能と魅力ある文章で綴った随筆を、心ゆくまで味わってもらおうという編集本。
単行本に既に掲載された随筆が多いものの、いま読み返してもその鋭利な刃物なような文章は、今日の問題として十分に捉えることができる。

ただ既存の随筆を編集しただけの内容であれば、米原万里に興味を持ち始めた読者が対象であり、レコードでいうところのベスト盤。
長年のファンには、未発表作品が入っていないと再読するだけの物足りない本になってしまう。

そこで長年のファンを満足させるために、何と東京外語大の卒業論文「ニコライ・アレクセーヴィッチ・ネクラーソフの生涯 作品と時代背景」が収められているのだ。
普通、小説家ならばデビュー前の習作が収録されるのが一般的であり、学生時代の卒業論文が公開されるのは聞いたことがない。
それだけにディープなファンには充分に腹を満たせる料理であるものの、反面生前ならば絶対に許可しなかっただろうと後味に苦さも残る。

この曰く付きの卒業論文は、ネクラーソフ作品に対する思いを情熱に煽られて、一気に書き上げたらしく、誤字脱字や意味不明の文脈も見受けられるものの、この帝政ロシア末期の詩人が、豊潤な言葉で民衆の生活を生き生きと描いたことを物語ってくれる。
とくにネクラーソフの詩を翻訳する言葉選びが素晴らしく、もっと長生きしていれば、ロシア古典文学の翻訳も、仕事の枠として拡げていたのかもしれないのにと、その早い死が惜しまれる。

たぶん通訳、執筆家、ロシア文学研究者と、どの道に進んでも名を成したのだろうと思う。
酒を飲むぐらいしか能が無い私から見れば羨ましい限りである。

この本、ジミヘンに喩えればオリジナル・アルバムを全部聴いた上で、聴くべき対象の音源。
つまり『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』や『オリガ・モリゾヴナの反語法』、『不実な美女か貞淑な醜女か』などを一通り読んだ上で、習作以前のこの若き日の論文に挑戦すべきである。

そうすれば、米原万里が揺るぎない信念を持ち、民衆の目線で詩をうたったネクラーソフに共鳴する心を、最後まで貫いてことがわかるはずだ。

10月 30, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月25日 (水)

第3回 紙の上をめぐる旅






ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』(岩波新書)

深夜放送が青春の一頁だと言える世代は、いつ頃までなのだろう。
会社の若い同僚に訊いても、夜中に布団のなかで小さな音で、家族に知られずコソコソと耳を傾けたなんて話は聞いたことはないし、我が娘に至っては、SNSに夢中で、ラジオというメディアなどこの世に存在していないようである。
この本は、私たちのような世代が、うんうんと昔を懐かしみながら読む以外に、どの世代が共感できるのか心許ない。

当時のLPレコードは高価だった故に、音楽情報を得るのは、洋楽の新譜が流れることが多かったFM局でチェックし、その上で小遣いを掻き集めてレコード屋に走ったものだった。
内容が納得できなければ、レンタルで我慢した。
何せ、小遣いの半分以上が消えてしまうのである。
この本を読むと著者がイギリスから日本に渡って来た時と、音楽情報に飢えていた初々しい頃の私が、ぴったりと時間が重なり合う。

来日時はまだラジオDJの職には就ていなかったようだが、音楽雑誌にイギリスやアメリカの旬のグループやミュージシャンを積極的に紹介していて、しかもコマーシャルなヒットナンバーよりも、渋目のアーティストを好んでいるから、若い頃の私は、そのレビューをかなり参考にしていた。
ちなみにレコードコレクターズ誌で毎年開催される「今年の収穫」というコーナーで参考にしているのが、ピーター・バラカン、萩原健太、小西康陽。あとはコモエスタ八重樫ぐらいか。

その後、著者は『ザ・ボッパーズMTV』やニュースキャスターの仕事など、テレビにも活躍の場を広げていく。
しかし心の奥には学生時代に聴いたジョン・ピールやチャーリー・ギレットように良い音楽を流し、リスナーとDJが一体感のあるラジオ番組を作りたいと願っていて、デジタル配信が主流になったいる現在でもインターネットの音楽番組を制作して提供している。
その筋の通った仕事には、頭が下がる思いである。

ラジオの音楽番組が全盛の頃を思い出し懐かしむのも良いが、ラジオというメディアが決して古い媒体ではないと考えるのも良い。
震災の時に一番頼りになったのは、テレビではなく、ラジオだという声も聞くし。
この本は、魅力ある番組構成で、まだまだラジオには可能性があることを示唆してくれる。

10月 25, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月22日 (日)

第2回 紙の上をめぐる旅




忌野清志郎『瀕死の双六問屋』(光進社)

私はこの本を3冊持っている。
買ったことを忘れて、気がついたら3回も買ってしまったという痴呆初期症状の現れということではない。
3冊ともカバーデザインが違うのである。
しかし内容はまったく同じである。
つまり清志郎信者からすれば、内容が同じでも、デザインが違う以上、まったく別物として捉えなければならない。
そして、しっかりと3回読んでいるのも、その表れである。誰も文句は言えまい。

この本はブルースである。
アーティストと称する輩がゴーストライターに書かせて、こんなにも私は慈愛に満ちたことを常日頃から考えているんですよ、と言ったサギのような本ではない。
誰もが似たような価値観しか持たなくり、住み難くくなっていく世の中を嘆いているのだ。

小さな出来事に目くじらを立てるくせに、大きな犯罪行為には何も言わない小市民性に呆れているのだ。
呆れてものも言えないと歌った清志郎が、瀕死になりながら文字に変えて、それらの画一化されていく価値観に対して異議を唱えるために、双六問屋のブルースにして歌っているのだ。

ここでブルースを知らない人に断っておくが、辞書に書いてあるような、黒人の悲哀や生活の憂鬱を12小節の音楽形式にして歌にしたものではない。
ましてや、🎵窓を開ければ港が見える〜、と淡谷のり子が歌うものでもない。
ブルースとは、人が生きていくためのエネルギーである。憂鬱な出来事があっても、笑い飛ばしてしまうような強靱な精神力である。
だからこの本は、少しも陰鬱さはなく、ユーモアに満ち溢れている。
生きる力で漲っている。

「すべてがシステム化されて、まるで誰かに飼われているみたいだ。適当な栄養のある餌を与えられて、ほどほどに遊ばされて、まるで豚か牛か鶏のようだぜ」
「たかが40〜50年生きたくらいでわかったようなツラをすんなよ」
「外見をきれいにして何になる。中身をみがく方が大切なことなんだ。それは世界平和の第一歩なんだよ」

魂のブルースは、珠玉の言葉に溢れている。
憂鬱な色した瞳からは、自然と涙が溢れてくる。
生きる力で漲ったブルースが、何処かで鳴り響く。
まだまだ世の中捨てたものではないし、諦めた途端に自身の人生が終わるんだぜと、清志郎は歌っている。

10月 22, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月17日 (火)

第1回 紙の上をめぐる旅




吉村昭『ニコライ遭難』(岩波書店)

大津事件。
今や、歴史の彼方へと埋もれつつあるが、開国以来、近代化を推し進める日本にとって、日本国中が震撼した事件であった。
ニコライとは、のちのロマノフ王朝最後の皇帝となる人物で、その人が皇太子時代、日本に外遊に来日した際、滋賀県大津市で警備中の警察官に斬られる事件が起こった。

幸いにも命には別状はなかったものの、これは国際問題に発展すると、日本政府は大わらわ。すぐに斬りつけた警官、津田三蔵を即刻死刑にせよと司法に圧力をかける。
犯人の死を臨むことで、少しでも帝政ロシアの憤怒を和らげようと狙いがあった。

しかし司法は政府の方針に従順になっては、近代国家の体制を為していないと、罪状は何かと政府に問う。
当時の刑法で、皇室に危害を加えたものには重刑が課せられたのだが、この皇室というのが他国の皇太子も同様であると解釈する政府側と、皇室というのは日本古来のものであり該当せず、この事件は一般人に危害与えた殺人未遂にあたると主張する司法側と激しい論戦が繰り広げられる。

この論戦がスリリングで、まだ近代国家の道を歩み始めた日本だが、司法判断を捻じ曲げることなく、三権分立の精神をもとに法的に正当な結論を出そうと、政府の圧力に屈しない裁判官たちの志が熱い。
これから国をつくっていくという、明治人の気概と言うべきか。
また怪我をしたニコライの病状を慮って、日本国中から1万以上の電報が届いたというから、当時の日本人が平安を求める精神性も、優しくも熱い。

最終判決はどうなったかというのは、読書のお愉しみということで、ここでは控えさせておく。
ただ日本史の教科書では、ほんの2行程度の記述しかない大津事件であるが、日本の近代国家を進むにあたって、司法や外交のターニングポイントとなる重要な事件であったことを、この本では詳細な資料をもとに語られていく。

ニコライはその後、皇帝の座に着き、残念ながら日本とはこの事件から13年後に日露戦争が起きてしまう。
この外遊では日本人の穏やかな精神性に深く感動し、事件後も日本に対しては好印象を抱き続けていたというから、歴史はどこに向かって進んでいるのかわからない。
そのニコライもロシア革命で家族ともども殺害され、ロマノフ王朝は終焉を迎えることになる。

ちなみに大津事件が起こったのは1891年。
最初のマトリョーシカがつくられる前夜にあたる。(定説では1890年代末)
日露関係に影を落とすのが大津事件ならば、マトリョーシカは穏やかな光である。
そう思わずにはいられない。


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