2016年11月24日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(21)

  Img_

 

ウォッカの飲み方の作法は、意外と難しい。水で割らず、何も足さず、生で一気に喉元に流し込むというものである。
ショットグラスを前にして躊躇してはいけない。眼を瞑り、天を仰いでグラスを空にしてしまえば、そのあとに来る五臓六腑から湧き上がってくるウォッカの香りを楽しむだけで良いのである。
本来、ウォッカは無味無臭なお酒なのだが、それでは単に濃度が高いアルコールを呑んでいるようなもので、愛飲家としては、ちっとも面白いことはない。そこで草木のエキスなどで香付けをして工夫を凝らす。
ただある程度の予算を出さないと気品ある香がするウォッカに巡り合えず、安物のウォッカとなると、そういうわけにはいかない。
アルコールの強い刺激が喉を責めたててくるか、ガソリンのような油臭い匂いがツンと鼻先についてくるだけである。

 

もしロシアを旅することがあったら、少し奮発して、佇まいがきっちりとしたウォッカを呑まれることをお勧めする。
規格として認められているウォッカのアルコール度数は40度と決められていて、その中で味覚や舌触りを各メーカーは競っていて、愛飲家の飲みたいという欲望だけを満たすだけの安ウォッカは、いくら飲むのが好きな私でも、口元にグラスを近づけただけで敬遠してしまうほど。その一度の経験で、ウォッカ憎けりゃロシアまで憎いという気持ちが芽生えのを懸念するからである。
ウォッカを嫌いになっても、ロシアは嫌いにならないでください。

Img__3


それではコロトコフ大司教が持ってきたウォッカは、どのランクに値するウォッカなのかというと、一般人が口にするができない特別な品物だったのである。
蔵元限定品といえばそう表現できるし、選ばれし者だけが楽しむことができる秘蔵の品といえば、そうとも言い切れる。手にしているボトルのラベルにはブランデーで名高い「CAMUS」と銘打ってある。
客人をもてなすために高級ブランデーの封を開けるとは、田舎に住む伯父さんみたいだと感心していると、大司教は、さらに2本持ってくる。
ひとつは未だ聞いたことのないウィスキーの銘柄と、もうひとつは日本酒の五合瓶のようなほっそりとした透明の瓶で、なかには濁った紅茶のような液体が入っている。
私がこれは何の飲み物かと訊くと、大司教はそれぞれの瓶を指差して
「これがキノコ、これは白樺、これは香草」と満足げに言い放った。

Img__4


この茶色の液体がキノコ?いまひとつ解せないままに瓶を眺めていると、チェリパシカ氏が、このお酒すべてが自家製ウォッカ、ロシア語で言うところのサマゴンだと耳打ちしてくれる。
これがソビエト末期、酒の販売が制限されたときに、各家庭で工夫を凝らしてつくっていた伝説のサマゴンかと、ひとりごちになり、物不足の頃だったせいで、砂糖や大麦だけでなく、靴墨でつくっていたという強者もいたらしいと、昔読んだ本を思い出して薄笑いを浮かべていると、大司教はお酒を前にして悦に入っているのかと勘違いをし、私に向かって親指をたてた。

 

「ひとり1本がノルマだから、今晩は楽しくやろうぜ!」

 

あぁ、酒宴の幕は、あっさりと開けたのだ。

 

(店主・YUZOO)

 

11月 24, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年10月 6日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(20)

  1006img_8584

大晩餐会はスベトラーナ料理長が腕によりをかけた逸品ロシア料理がテーブルに並ぶ。スベトラーナ料理長はコロトコフ大司教の奥方であり、マトリョーシカ工場を取り仕切る現場監督の顔を併せ持つ、強さと優しさを兼ね備えたロシア女性である。
私の少ないロシア体験から感じるのは、上手くいっている家庭は、女性が実質的な主導権を握っていて、男性は細かなことは気にしないという関係性であると思っている。
 

その模範的な家庭こそがコロトコフ家であり、大司教はおおらかな対応で客人を喜ばせ、料理長兼現場監督は、すべてに目配りをするきめ細やかな性格で客人をもてなしてくれる。早くウォッカを飲みたくてうずうずしている大司教に、料理長は的確な指示のもと、皿やグラスを運ばせ、料理の盛り付けを手伝わせる手腕に、夫婦円満の秘訣を垣間見てしまう。
100キロはあろうかと思われる巨漢の大司教が、うろうろとキッチンとテーブルの間を行き来する様は、ボリショイ・サーカスの熊の曲芸見ているようで、客人の我々は手伝うことを忘れ、ついつい微笑んで仲睦まじい姿を見入ってしまう。ちなみにロシア人に言わせると、どんな気難しい動物であっても、曲芸を仕込むことは可能だそうである。

1006img_8604

料理は前菜として、オリヴェ・サラダ(豆や野菜をマヨネーズで和えたサラダ)とシィ・スープ(野菜や肉を煮込んだコンソメ風スープ)が、目の前に運ばれてくる。
これが前菜!?
常日頃、雀がエサを啄ばむ程度しか食事を摂らない私にとっては、その量の多さに目を白黒させてしまう。いや少し涙目になっていたのだろうか。隣にいるチェリパシカ氏が、料理長に気がつかないように、私の皿からサラダを半分取っていく。
ただ皿の上に何もないとわかると、料理長はすぐに大司教にサラダを盛るように命ずるので、チェリパシカ氏が私のことを慮っても、常に私の皿の上は満ち足りてしまうのだが。

そして次に振舞われたのが、毛皮をまとったニシンといわれるシューバ・サラダとビーフストロガノフ。
シューバ・サラダはビーツ鮮やかな赤い層と純白のマヨネーズに豆やとうもろこしが和えて層が、幾重にも重ね合わせてあり、色彩が美しく眼を楽しませてくれる。取り分けて皿の上に乗せると、ビーツの赤がマヨネーズの純白に溶け込んで、シクラメンのような淡いピンク色になる。主役である塩漬けのニシンは、ピンクの花園のなかで、目立たないように自分の役柄を演じているのが、実に健気である。
ロシアの塩漬けは、そのまま食すると塩分ひかえめに慣れている日本人には、岩塩が口の中に放り込まれた気分になるが、サラダと共にすることで、まろやかな味に変化する。
ただ雀の胃袋しかもっていない私には、マヨネーズの脂質がだんだんと堪えてくる。

1006img_8622

そしてメインのビーフストロガノフ。
「スメタナ(ロシア版サワークリーム)を入れると美味しさが倍増するよ」
と大司教が、大匙スプーンで何杯も上からかけてくる。
ロシア人にとっての醤油と喩えてもよいぐらいのスメタナは、ボルシチはもちろんのこと、魚や肉といった料理にも、各人が好みの量を、さらりさらりと乗せていく。
鮮やかな乳白色は料理に彩を添えるので見た目にも美しいのだが、実際は乳脂肪分の塊みたいなもの。そのスプーン一杯が私の胃袋に凭れ込んでくるのである。

スメタナには恨みはないけれどもといった目つきで料理を見つめる私に、チェリパシカ氏がそっと呟いてくれた。
「もうすぐウォッカタイムがなるから、スメタナを食べた方が、胃壁を守ってくれるよ」
料理にばかり気を取られていて、すっかりウォッカタイムを忘れていた。
大晩餐会は始まったばかりである。

 

(店主・YUZOO)

 

10月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年9月16日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(19)

20160916img_8596


さてバーニャの洗礼が終わり一息つくと、いよいよロシア式大晩餐会が始まる。

われわれ日本からの帰省組は、聖なる晩餐の貢ぎ物として、本格焼酎を持参。

それも昨年コロトコフ大司教が

「私が日本に行った時に、思い出深いものがふたつある。ひとつは真っ黒い瓶に入った焼酎なるお酒と、日本の友人たちが晩餐の前に飲んでいた「ウコンの力」なる小さな瓶に入った飲み物である」

と感慨深げに語られていたので、その思い出の品を是非貢ぎたいと考えていたからだ。 

 

ただ黒い瓶というキーワードだけでは、さすがに全国津々浦々を飲み歩いている小生でも、銘柄をぴたりと特定するのは難しいので、一般的な黒い瓶の焼酎の代表として、安易に「黒霧島」を購入。

それを手にするや、コロトコフ大司教の喜ぶ様を見るにつれ、少し後悔の念にかられる。

やはり現在、日本の焼酎の最高峰と謳われる「森伊蔵」」を奮発して献上して、「日本のウォッカである焼酎の最高級品でございます。その繊細な味と香りを楽しんでください」

と近ごろ流行りの大人の流儀を通したほうが、日本人ならではの粋を伝えられたのではと悔やまれる。

 

しかし私の拙いロシア語力では「黒霧島」と「森伊蔵」の違いを伝えることができるわけもなく、「コノ焼酎、トテモ美味シイアルヨ」と言うのが関の山と判断した私の小市民的な性格と、一度も太ったことのない痩せぎすの財布がそうさせたのだが。

 

20160916img_8662


それでは名誉挽回の貢ぎ物として、今度は「ウコンの力」ではなく、今や飲兵衛のあいだでは魔法の薬と囁かれている「ヘパリーゼ」を大司教に献上。しかも飲料ではなく、錠剤を貢ぎ物としたのである。

コロトコフ大司教の「ウコンの力」信仰は筋金入りで、これのおかげで、日本で一度も二日酔いしなかった、日本人は素晴らしい飲み物を発明したと大絶賛したからである。

そして封を開けていない「ウコンの力」が未だに台所の戸棚に、イコン画のように飲兵衛崇拝の対象として奉られていることからも、その信仰の篤さが窺える。

もう賞味期限切れているデェと突っ込みを入れるのも憚られるほどに、「ウコンの力」を手にとっては日本の思い出に浸っているのである。

そこで今や日本では「ヘパリーゼ」に移りつつありますと、飲兵衛たちの信仰崇拝の対象をが変わりつつあることを、肝臓の夜明けは近いことをコロトコフ大司教に、お伝えしたかったわけである。

 

「これが今、日本で一番の信仰を集めている薬でございます。三粒飲めば、たちまち肝臓はピンク色へと若返り、お酒は湯水のごとく幾らでも飲めてしまう魔法の薬であります」

と大司教にお伝えし、その聖なる掌に三粒の錠剤を乗せた。

 

20160916img_8647


大司教は、その青い目で訝しげに見つめ、指で転がし、

「この薬は何で出来ておる?」と訊いてきた。

チョコレート色をした錠剤は、カカオ菓子のようであるし、裏社会で売られている秘薬のようにも見える。

それを一度に三粒も服用するなんて、多少の不安もあるのだろう。

私は「свинья⇒ロシア語でブタの意」と言って、自分の肝臓辺りを指差した。

しかしこの行動はコロトコフ大司教の不安をさらに増長させたのだろう。

この薬は副作用で身体がブタのようになる?そんな風に身構えた表情に変貌する。

 

そこでチェリパシカ氏と私が「ヘパリーゼ」を飲んでみせ、コロトコフ大司教に促した。さすがに不安は霧散したようで、いつもの大らかで穏やかな大司教の面持ちに戻り、えぃっとばかりに口に放り込んだのであった。

これで肝臓は万全である。大晩餐会の開始である。

 

 

(店主・YUZOO)

9月 16, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年9月 6日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(18)

Img_8876

さて旅の疲れを癒すのに古今東西に共通するのは、やはり風呂である。
そこで男四人で庭先にあるバーニャに向かう。
バーニャの重い木の扉には「バーニャには入れば、上下関係も何もない」と書かれている。つまりはロシア版、裸の付き合いを記している。
このバーニャがいかなるものかというと、スチームサウナと同じで、釜で焚かれた水が蒸気となって部屋を暖め、木造小屋のため、その湿気を吸い込んだ香りで、少し苔むした森にいるような穏やかな気分になる。
ただ空気を循環させる装置がないので、上部は息苦しいほど熱いのだが、下は川面のように涼しい。もちろんテレビが設置してあるわけもなく、我慢比べの12分の時計もない。
裸電球がひとつぶら下がっているだけである。

Img_8933


そのほの暗い密室のなかで、下っ腹がだいぶ出た色白い身体が、サウナ帽を被って、熱さにひいひい、はあはあと言いながら、脂汗をかいている。傍から見たら動く四つの脂肪の塊、もしくは草臥れた四匹の豚にしか映らないだろう。

「どうだい?気持ちいいだろう」

「気持ちいいねえ」

「やはり夏はバーニャに限るね。日本にもあるのだろう?

「あるけれど、個人宅では持っていないよ。持っているのは金持ちだけだ」

「ということは、ロシア人はみんな金持ちだな」

そんな他愛のない会話をしていると、コブロフさんが、おもむろに立ち上がってヴェニク(白樺の葉と枝を束ねたもの)を手に取った。
いよいよ来た。バーニャ特有の神聖なる儀式、健康な身体になるための試練である。
チェリパシカ氏と私は、すでにの煌々と熱くなった最上段に寝かされるや、釜の扉が開かれ、白樺のエキスが入ったお湯が注がれる。
とたんに大量の水蒸気が放射され、その熱気で思わず息をぐっと呑んでしまう。
たまったものではない。水蒸気は百度近い。火炎の水である。。
背中を熱風が通り過ぎると、今度は水蒸気が熱を大量に含んだ雨となって身体全体に降り注ぐ。
そして一瞬白樺のエキスが鼻先をくすぐり夢心地になったのも束の間、今度はヴェニクの鞭が背中をバシッと小気味よい音で振り落とされる。

Img_8789
○×ДЙ△!!

β×Жα△!!!!

神様へ感謝の言葉など出るわけがない。
チェリパシカ氏も虚脱したまま、放心状態である。
ただ身体中の血流が水門が開くかのように澱みなく流れ出し、健やかに身体中を巡っているのを感じる。少々手荒いが健康で丈夫な体をつくるためなのだ。
ただこの聖なる儀式で痛感するのは、人が熱さを猛烈に感じるのは、空気が揺れ動いたとき、つまりヴェニクが風を切り背中を叩いた瞬間、背中が痙攣してしまいそうなほど熱いのだ。背中に地獄絵図を彫られているようなものである。

 Img_8846
さて一連の儀式が終わり、晴れて屋外という娑婆に出て、夕暮れ時のロシアの大地を駆け抜ける風にあたると、新しく肉体も生命も変わったようで、実に晴々としている。
そしてバーニャに入る前に用意していたビールで喉を潤す。
このビールは生温くて、居酒屋ならば店主に一言を苦情言ってしまいそうな代物だが、この時ばかりは極楽浄土の飲み物ように、ありがたく感じたのである。極楽は意外に身近な場所にある。

 

※ヴェニクで叩かれているおやぢ連中の写真は、倫理的に問題があるのでロシアで見つけたぬいぐるみの画像に自主的に変更しました。

 

(店主YUZOO)

9月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年8月30日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(17)

  _8587
ロシア買付より帰国したのでブログを再開。
ふと気がつけば一年前の話を未だに綴っている。
一週間も過ぎれば、世界を揺るがす衝撃的な事件でも鮮度が落ちてしまうこのご時世、すでにミイラ化しているにちがいない。
まったく不徳の致すところ。

_8505
さて買付と言えば、日本の商習慣からすると、まずテーブル囲んで世間話をし、それから商品を目の前にして交渉するというのが王道であるが、ロシアではそうはいかない。
それにマトリョーシカの商談である。
セミョーノフ工場の社長コロトコフさんの商習慣としては、まずバーニャで裸の付き合いをし、ウォッカ片手に大いに語り、商談は次の日に行うものとなる。
こちらも気分は里帰りなので、日本のお土産を喜んでくれるかと反応を思って、ひとり悦に入っている。

_8567
「バーニャに入るぞ」

気が早いコロトコフさんは、すでに上半身シャツ一枚、
バスタオルを小脇に抱えている。

バーニャとはロシア式のサウナ風呂で、気のおけない仲間との社交場、招いた側では最大級のおもてなしということになるだろうか。

しかも土地の広いロシアでは、バーニャを庭先やダーチャ(ロシアの別荘)に建てるが、ほとんどが家主の手づくり、日曜大工の犬小屋とはわけが違う。

基礎工事を施し、床板や建材屋から買ってきて敷き、ドアを取り付け、水周りは母屋からひき、サウナ用の大きな釜も設置して、自らの手で作り上げる。

 

少し床が斜めになっていたり、ドアの閉まりが悪かったりと、御愛嬌はあるものの、とうてい私のような腕白では、床板一枚の貼るのも、ままならないであろう。

 

_8617


そこで純粋な気持ちでバーニャの造りを絶賛すると、
コロトコフさんは、ロシアの男ならば当然だよとばかりに平静を保っているのだが、少しばかり家長としてのプライドが表情から見え隠れするのが微笑ましい。

 

あるガイドブックでは、ロシア人は感謝の言葉を言っても、褒められても平静を装うので、それが日本人には怒っているように映るかもしれません。

ただ平静を装うのは、幸福が続くと次には必ず不幸が訪れると信じいるからですと書かれていたのを思い出し、さらに微笑んでしまった。

 

あのガイドブック、眉つば物と思っていたけれど、意外に当たっているかもしれない。

 

 

PS:写真はセミョーノフの民族祭の写真。

   バーニャに入る中年男の写真を載せるのは犯罪と判断したため(笑)

 

(店主・YUZOO)

 

8月 30, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 9日 (土)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(16)

  709

ようやくセミョーノフに入った。

セミョーノフの中心部にむかう路には、

電柱毎にホフロマ塗りの看板が並び、

長い旅路を経てきた私たちを出迎えてくれる。

見落としてしまったのかもしれないが、

セミョーノフ産のマトリョーシカの看板がない。

その原因は、あとから知ることになるが。

 

 

ロシアの夏の日照時間は長く、

5時だというのに昼間のような日射しが照りつけている。

砂埃が舞う白茶けた道と

陽に照らされて精気を失いつつある野草に夏を感じる。

ロシアの夏というと、

避暑地のような涼しい気候を想像するだろうけど、

実際は盆地や内陸地のように、

首筋や背中にじわりじわりとくる暑さなのだ。

 

ただ蝉が喧しく鳴くことがないのでしんと静かである。

7091


 

「到着!」

コブロフさんが豪華客船の船長のように高らかに告げると、

同乗者全員が労をねぎらって思わず拍手。

家の前でエンジンの音が止まったのを聞きつけたのか、

すぐにコロトコフさんが巨体を揺らして、

玄関から飛び出してきた。

 

待っていたぞと言わんばかりに、

まずはコブロフさんと抱擁を交わし、

次にチェリパシカ氏とも抱擁。

コロトコフさんもチェリパシカ氏もお互いに巨漢なので、

千秋楽の大一番を観戦しているようで、

思わず笑ってしまう。

次に私と抱擁。華奢な私の体つきでは、

新弟子が関取に稽古をつけてもらっているように

見えるに違いない。

7093


   

「コロトコフさんの髭、痛くなかった?」

長旅で凝り固まった身体をほぐしながら、

チェリパシカ氏が私に耳打ちする。

誰もが再会を喜び、自然と笑顔になる。

私はお盆の里帰りのようで、

家のまわりの風景や扉でさえも懐かしく、

穏やかな心持になっている。

大げさだが、髭の痛みさえ懐かしい。

 

「まずはバーニャ(サウナ)の用意をするからな」

コロトコフさんは、

話したいことが山から零れ落ちそうなぐらいあるようで、

車から荷物やプレゼントをおろすのを急かしてくる。

 

今宵も愉しいことがありそうだと、私はひとりごちである。

 

 

※写真はゴロビジェッの伝統的な布人形。

 顔がない人形もロシアではポピュラーです。

 子どもの想像力を育てるためだとか。

 

 次回の更新は7月9日です。

 

(店主YUZOO)

 

 

 

7月 9, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 6日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(15)

  1


そしてさらに進むこと、1時間余り。

コブロフさんが言っていた橋に元に辿り着いた。

そこで眼にした母なる大河ヴォルガは、

日本人的な箱庭的視覚で見れば、

瀬戸内海のような海であり、

それ以外の言葉は見当たらない。

決して誇張ではない。

 

東京ドーム何個分というような中州が点在し、

白い波柱が岸辺に押し寄せて飛沫を上げ、

向こう岸が霞むほどに湛えた大いなる水の流れは、

押し合いへし合い北へ北へと驀進している。

渦巻いている。

中州を領地として譲り受けたら、

自らを一国一城の主と名乗ってしまいそうである。

それほどにスケールが大きい。

 

私の半世紀近い人生のなかで、

対岸が霞むほどの大河を眼にしたことはなかった。

中学生の時に和歌山の新宮市で見た

熊野川が一番の記憶である。

それでもその時分は、こんな大きな川があるのかと、

悲しいほどに深い感銘を受けたのだ。

ヴォルガ河と比べると、地味な記憶である。

  2

私は大きな樹木や山脈といった自然がつくりあげた

創造物を眼にすると、

不覚にも眼頭が熱くなる性分なので、

言葉にならない感動に包まれながら、

ロシアの大地の懐の深さに驚愕し、

己の存在の矮小さに恥じつつ、

熊野川と同様に感嘆の声を上げるしかなかった。

 

当然のことながら、長旅の倦怠感は消えている。

チェリパシカ氏もナッツを食べるのに

忙しかった口も、静止したままだ。

ヴォルガ河は大型の輸送船や観光船が行きかうのだろう。

錦帯橋のように橋の中心部が

小山のように盛り上がっていて、

上り坂の時はゆっくりと進み、

ジェットコースターのような気分になり、

頂点にさしかかるなり、ぱっと景色が広がると、

滑り降りるように下っていく。

一瞬眼にする、

深緑の大地とヴォルガ河とのコントラストが美しい。

 

「すごいね」

「まったく」

「日本にはない景色だね」

「まったく」

  3

15分ほどの時間が過ぎ、

車はセミョーノフがある対岸にようやく辿りついた。

ヴォルガ河のスケールの大きさに圧倒されたまま、

ふと気がつくと車の揺れでナッツの袋が踊り出して、

ズボンが粉だらけになっている。

 

もちろんこの景色を見た後では、

そんなことは取るに足らない出来事であるが。

 

 

※写真はゴロハビッツ博物館の展示品

 ゴロジェッツとは違います。

 次回、更新は7月9日です。

 いよいよ終盤です。やれやれ。

(店主YUZOO)

7月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 3日 (日)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(14)

1
 

(写真はニジノヴゴロドから見たヴォルガ河。

渡った橋のある場所は、この倍ぐらいの広さはあった?)

 

さらに6時間ほど過ぎただろうか。

コブロフさんが

「今回は前とは違う橋で、ヴォルガ河を渡るよ」

と後部座席に座る私たちの方に振り返ると、

やや運転に疲労困憊した顔で告げた。

 

前回、セミョーノフ来訪時に、

大型トレーラー数台と観光バスの玉突き事故かあり、

そこに一般車が巻き込まれるという

大惨事に遭遇した苦い思い出があるからだ。

母なる大河ヴォルガには、

それほど多くの橋が架かってはいない。

 

迂回する手立てもなく、忍耐強く待つこと3時間。

疲れを通り過ぎ、睡魔が襲ってくるような段になって、

ようやく一台分が通れる程度に道が開通し、

のろのろと車が動き始めた。

しかしそれだけの大事故なのに、

交通整理に警官が出動するでもなく、

砂時計に吸い込まれる砂のように車が集中し、

さらなる悲劇を生むことになった。

 

ロシアという外国ゆえ、運転を代わるわけにもいかない。

頭を充血させて運転を続ける

コブロフさんを見つめながら、

神のご加護がありますようにと、

無事にセミョーノフに辿り着くことを願ったのも、

塩辛い記憶である。

 

コブロフさんの言うところの渡る橋を変更すれば、

事故に遭遇しないかという考え方は、

確率的にいえば同じなので成立しないけれども、

人間の記憶から見れば、正しい選択である。

手痛い経験は、なかなか記憶から消えないものである。

  2
(ニジノヴゴロドのロープウェー。

観光客だけでなく生活移動の手段としても使われている。

対岸まで10分ぐらい)
  

 

ということで前回の

ニジノヴゴロドからセミョーノフに架かる橋を渡らずに、

さらに北上したところにある橋が選ばれた。

 

残念ながら、どの町に架かっている橋なのか、

今現在失念しまっている。最近、物忘れが酷いのは、

すべての原因はアルコールの妖精の悪戯なので、

お許し願いたい。

 

 

次回の更新は7月6日になります。

 

(店主YUZOO)

7月 3, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年6月30日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(13)

  1
         (写真:スズダリで遭遇した結婚式)

そして忽然と大きな町が目の前に出現し、

コブロフさんからウラジミールの町だと告げられる。

ガイドブックでは「黄金の環」を代表する場所として、

旅行者に人気の町。

 

ロシア語で「世界を征服せよ」と、

いささか物騒な名前だが、

町全体は中世の面影を残した穏やかな表情をしていて、

ロシアを代表する寺院や建物が点在している。

モスクワとは高速鉄道で結ばれていて、

この地域の中核都市の顔も持ち合わせている。

喧騒と歴史が交差している町でもある。

 

個人的には同じ「黄金の環」を代表する

もうひとつの顔、スズダリのほうが好みでなのだが。

スズダリには、幾多の玉ねぎ帽子の寺院が川面に佇み、

ゆらゆらと水面に揺れる様が美しく、

中心部では特産物であるハチミツ酒や土産物の露店が、

街路樹のしたに涼しげに並んでいる。

時の流れが凪いでいる町である。

 

誤解を承知のうえで喩えるならばウラジミールは京都で、

スズダリは鎌倉といった風情を漂わせている。

ツアーでも「黄金の環」を訪ねる企画がいくつもあるので、

もしロシアに行く際には、

私のふたつの町を見る眼が節穴か、

蜻蛉の眼か確かめてください。

たぶん虫食った節穴だと思うけれども。

   4


ウラジミールを過ぎてしまうと、

以前と同様の原野と白樺の林が続き、時おり、

季節柄ラベンダーの広大な

紫の絨毯が眼に飛び込んでくる。

富良野で目の当たりにしたのならば、

私も若い女性のような甲高い黄色い声をあげただろうが、

映画のエンドロールを眺めるように、

放心のまま頷くだけである。

 

広大なる原野、無限なる倦怠、

純白なる忘却、聖なる隠遁。

あたまのなかで様々な形容詞と名詞が結びついて、

この眼下の風景を言葉に表そうと試みるが、

どの表現も的を得ていないようで、無に帰してしまう。

 

ナポレオンやナチス帝国が、いかなる理由で、

この人間の生活を拒む大平原を手中に入れたいと

欲したのだろうと、不謹慎なことさえ考えてしまう。

 

 

※次回は7月3日に更新します。 

 

(店主YUZOO)

6月 30, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年6月27日 (月)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(12)

3


いよいよ、セミョーノフへ出発である。

セミョーノフは天竺よりも遥か彼方にあり、

彼の地で開催される民族際は、民芸蒐集家が憧れる、

言わずと知れた桃源郷。

 

共にセミョーノフへの巡礼の旅にむかうのは、

コブロフ夫妻と愛娘のパリーナちゃん。

マトリョーシカ博物館の学芸員という

輝かしい経歴をもつナターシャ女史。

そしてチェリパシカ氏と私の日本人二人組。

 

コブロフさんの家からセミョーノフへは

直線で800kmぐらいあるのではなかろうか。

東京から岡山ぐらいの距離といったところである。

ロシアの地図で見ると、

消しゴム程度のほんの数センチに過ぎない。

  2


車は一路セミョーノフを目指し

ひたすら駆け抜けていくのだが、

窓から見える風景は、どこまでも続く原野と白樺の森、

ときおり小高い丘があって、鬱蒼とした森が現れる。

つまりは、寝ても覚めても、

たいして変わり映えのしない風景が永遠と続くのである。

 

しかし注意深く車窓を眺めていると、

森のなかに一軒だけある廃墟のような

家の煙突から煙が上っていたり、

見渡すかぎりの大平原のなかを

独り黙々と歩く老人がいたり、

詩的な想像を掻き立てられるような風景を

見つけることができる。

 

ロシア人は巡礼者や世捨て人に、

ある種の憧憬と畏敬が抱いているといわれるが、

これらの風景は、そのロシア的心情を、

習慣として具現化したということなのか。

とりとめのない思惑が現れては消え、消えては現れる。

 

たまに日本人憧れのダーチャ(別荘)の集落があると、

初めて海を見た少年のように無邪気な歓声をあげて、

ついつい無口になりがちな自分を奮い立たせてみる。

 

「ダーチャだよ!ダーチャ!」

 

チェリパシカ氏の反応は限りなく透明で

思考の半分は夢の世界に浸かり、

半分はガソリンスタンドで買った

ナッツを食べるのに使われている。

 

※次回、更新は6月30日です。

(店主YUZOO)

6月 27, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)