2019年8月 9日 (金)

阪急の情報サイト「SOUQ ZINE」でインタビューを受けました

先日の阪急うめだ本店の企画展「マトリョーシカ祭2019」に合わせて、マトリョーシカについてインタビューを受けました。

ロシア買付秘話、マトリョーシカへの思い、初めてロシアに行ったときの話など、多岐にわたって話をしています。

こうして記事になると、マトリョーシカの買付が尊い仕事のように思えて、ヘソの辺りがこそば痒い。

 

おまけに顔写真まで載せられて、恥ずかしい。

私の締まりのない顔を見てみたい方は、下記のサイトにアクセスしてみてください。

 

https://www.souq-site.com/shop/g/gMmatryoshka/

 

(店主YUZOO)

8月 9, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 5日 (金)

草臥れオヤジの疾走記〜天狗のこみちマラソン編〜

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623日に、天狗のこみちマラソンという大会に参加した。

初心者には優しい10キロの大会なのだが、結果は声を大にして言えたものではない。

手を添えて耳元で、囁かなければならないほどの散々たるものだった。

だいたい30年近くも、運動とは無縁の生活を送ってきたのである。

半年程度の練習で、輝かしい記録を手に入れられるなんて、ムシが良すぎる。

 

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さて今回参加した天狗のこみちマラソン。

なかなかユニークな大会で、大雄山最乗寺の参道2キロほどを駆け下り、広域農道を抜けて、折り返し、再び最乗寺を目指す10キロの旅。

最乗寺までの坂は、駆け下りた車道ではなく、歩道を上っていく。

高低差200メートルの杉並木の中を、石段と苔むした小道が交互に出てくる。

最後に寺門へ続く長い階段を、息を切らして上り、ゴールとなる。

パワースポットが点在するなかを走るのも、魅力のひとつとなっている。

 

 

今回、一緒に走ったのは、トライアスロンを中心に出場しているMさん。

良きライバルというより、師弟関係と言ったほうが相応しい関係。

続々と集結するランナーを見て「このコースはマニアックだから、参加者も猛者揃いですね」とさらりと言う。

確かにパンツ姿から伸びた足は、太腿は幹のごとく隆々として、ヒラメ筋も舌平目の比ではない。

小ぶりのバナナの葉のようである。

 

マラソン大会の参加者は、ふたつのタイプに分かれるそうで、休日にそこそこの練習を重ねて、完走を目標とするタイプと、それでは飽き足らず、激坂を主戦場とする通称‘坂ばか’、ウルトラマラソンに全身全霊をかたむける修行僧タイプ。

後者はトライアスロンや山の尾根を駆け抜けるトレイルランへと、さらに細分化されていく。

 

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スタート直前、厳かに法螺貝が鳴り響き、ランナーはそれぞれに身を引き締め、これから始まる過酷な旅路に集中力を高める。

法螺貝や大会の安全を願っての祈祷は、天狗の修行場といわれた最乗寺を会場とした、この大会の特徴でもある。

 

9時、ピストンの合図でスタート。

初っ端は2キロにおよぶ急坂を下るだけに、いつもよりスピードが増して、一瞬にして高校生までに若返ったと勘違いするほど。

頭のなかで「♩あの頃君は若かった〜」と口ずさむ。

 

しかし青春の喜びも2キロまで。

すぐに長く延々と続く坂道が、目の前に立ちはだかる。

早くも若さが取り柄の学生時代に別れを告げて、社会の荒波に呑み込まれたとでも言おうか。

黙して語らず、周りのランナーに追い抜かれようと、自分ができるパーフォマンスを着実にこなすしかない。

 

マラソンに「練習は自分を裏切らない」という金言があるが、周りに惑わされて、実力以上に頑張ってしまうと、悲惨な結果が待っている。普段の練習の積み重ねが、相応の結果を生むという意味である。

マラソンはシンプルなスポーツゆえ、奥が深い。

 

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やがて折り返し地点となり、あとは復路を行くのみ。

下り坂が上り坂に、急斜面が急勾配に変貌する。

往路では青春の夢を見せてくれた参道が、豹変して、か弱い中年オヤジに牙を剥くのである。

この大会の特徴である、石段が点在する最後の登り坂。

それまで快調と思われた足が、ガシッと鉄球に繋がれたらようになり、呼吸もゼイゼイと荒くなる。

「ナンダ坂、コンナ坂」と減らず口を叩く余裕すらない。

 

完敗。

坂の途中で白旗を高々と掲げて、あとは足を引き摺るようにして石段を上り、這々の体でゴールイン。

完走した満足度より、もうこれで終わったという安堵感が、草臥れたオヤジの身体を包み込む。

 

中年オヤジの挑戦は始まったばかりである。

しかし、これから幾多の敗北が、勝利の行く手を阻んでいくのやら。

 

(店主YUZOO )

7月 5, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 3日 (水)

感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ②

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今回、セルギエフ・パッサードの宿は、19世紀の文筆家シーシキンの生家を、ホテルとして改装したもの。

部屋数はプチホテルといっても差し支えないぐらい少ないが、赤レンガを基調とした、極力派手な装飾を排した内装で、とても落ち着いた雰囲気。

残念なことにシーシキンの業績や作品については、不勉強で何も知らないが、同時代に活躍したロシアを代表する画家、イワン・シーシキンとは関係ないようだ。

もちろんツナ缶とも関係ない。

 

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さてこの文章を読んだ人だけの朗報である。実は、セルギエフ・パッサード訪問の一番の目的は、現在、マトリョーシカの名実共に第一人者と呼んでも差し支えないマリア・ドミトリワさんを、日本に招聘するための打合せにある。

7月末に阪急うめだ本店のイベントに合わせて、来日してもらう予定で、期間中は、絵付け体験やワークショップなど、お客様にマトリョーシカつくりの楽しさや奥深さを知ってもらえばと、様々な企画を考えている。

マリアさんから直接絵付けを教わるなんて、マトリョーシカ愛好家には、至福のときとなるはず。

 

ぜひ多くのお客様に参加いただければと願っています。

詳細は日を追ってお伝えします。

 

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マリアさんと打合せが終わった後は、ナターリア・バローニナさんの仕事場へ。

以前は自宅でマトリョーシカを製作していたが、一部を改築するために、こちらに移ったらしい。

この建物は全体がアトリエににっていて、各階に絵描き、彫刻家、工芸家など、様々な芸術家が製作に勤しんでいる。

広い間取り、柔らかな陽射しが差し込む窓辺、市の中心部という好立地を考えると、芸術家にとっては、この上ない良い環境だろう。

ナターリヤさんも自宅には帰りたくないわと微笑んでいる。

羨ましいかぎりである。

(羨まし過ぎて、写真を撮るのを忘れてしまったが)

 

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その後も何人かの作家と会い、9時の日没まで時間があったので、世界遺産にもなっているトロイツェ・セルギエフ修道院に足を運んだ。

恥ずかしながら、何度もこの地を訪れているけれども、なかに入るのは初めてである。

もう観光客が帰る時刻なので、ほとんど人影がなく、ことのほか静かである。

初夏だけに中庭には花が咲き、鳥の囀りが聞こえる。

平日だというのに、賛美歌が厳かに歌われている。

その澄んだ歌声が、教会の高い天井に響き渡る。

静かに眼を閉じる。

耳を澄ます。

 

こうして魂が浄化されないと、人は生きていけないと、ふと思う。

 

ちょっとキザだね(笑)


 

 

(店主YUZOO 

7月 3, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 2日 (火)

感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ①

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昨日と今日は、セルギエフ・パッサードに宿をとり、この町に住む作家さん宅や工房を手当たり次第に巡る、マトリョーシカ三昧の夢の2日間。

紹介された作家に初めて会う時もあれば、旧知のなかで、お茶とケーキで、他愛のない世間話で終始する時もある。

マトリョーシカを目の前にして、小さな目を細めたり、見開いたりと忙しい2日間なのである。

 

思い返せば、ロシアを訪ねるようになってから、はや12年が経つ。

右も左もわからない蕾から、少しずつ花びらが開いて、大きく花開いたと考えると、実に感慨深い。

もちろん花びらが陽に向かっている時ばかりでなく、作家さんが製作を辞めてしまったり、工場が閉鎖されたりと、花が色褪せてしまう時もあった。

それら無数の邂逅を辿り、思いを馳せたので、いっそう感慨深いのである。

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今回は、さすがに多くの人に会うので、私の二歳児並みのロシア語力では、相手に指先ほどの意思さえ伝えられない。

「ダー」と「ニエット」だけでは、お茶の一杯にもありつけない。

そこで10年前に知り合ったニコライさんに同行してもらうことにした。

日本語堪能なニコライさんは、私がロシアの行くようになって間もない頃から、いろいろとアドバイスをくれて、影となり陽となり、支えてくれた恩人である。

こうして10年経ても、私の仕事を自身の人生の楽しみとして、心良く引き受けてくれる。

この事実も感慨深い。

 

というわけで、今回の旅は「感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ」と題した訳である。

(小沢昭一的ココロのパクリだけどね)

さて今回の感慨深い旅のなかで、とくに印象に残った出来事を綴っていこう。

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まずひとつめ。

ここ数年、伝統的なセルギエフ・パッサード柄のマトリョーシカを頼んでいたビクトール夫妻が、もしかすると近いうちにマトリョーシカを作るのを辞めるかもしれない、と突然告げてきた。

ご年齢を伺うと、もう80歳になるという。

手先を動かす人は若く見えるというが、ハツラツしていて、池袋の老人とはちがい、車の運転も流暢で、まったく年齢を感じられない。

 

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その理由としては、細かい絵付けに眼がついていかないこと以外に、いつも素材を削ってくれる職人も同様に御高齢で、いつその手を止めるかわからない、私は彼の削った素材以外には描きたくないと言う。

彼とは、ソビエト時代に操業していたマトリョーシカ工場からの長い付き合いだし、工場閉鎖後も、ずっと私のために削ってくれた。

私は彼の腕しか信用していないんだと、さらに続けられると、こちらも返す言葉や励ましさえも見つからず、じっと深く皺が刻み込まれた顔を見入ってしまう。

 

セルギエフ・パッサードは作家さんがつくるマトリョーシカは増えているが、その一方で伝統柄を描く職人は減る傾向にある。

たぶんお土産的な扱いで安く売られてしまうものよりも、自身のアイデアとデザインで個性的なマトリョーシカを作ったほうが、高値で売れるからだろう。

永遠に伝統的なマトリョーシカを作り続けると信じていたビクトール夫妻の口から、辞めると告げられると、ひとつの時代が閉じつつあるのを感ぜずにはいられない。

言葉にならない感慨である。

(つづく)

 

 

(店主YUZOO 

 

7月 2, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 1日 (月)

ダニロヴォ村のガラス工場

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ガラスの可愛らしいオーナメントをご存知だろうか。

日本ではあまり馴染みがないが、ヨーロッパでは古くから作られていたようで、アンティークなものは高値で取引されており、伝統工芸品のひとつに数えられている。

ロシアにもその伝統は根付いており、今回訪問した工場も創業から100年近く経つ老舗。

ほぼクリスマスオーナメントのみを、延々と作り続けている。

 

その製作工程で目を瞠るのは、ほぼハンドメイドで作られていること。

まず長いチューブ状のパイプをバーナーで熱して柔らかくすると、引き伸ばして、素早く内側から吹く。

するとロシアの教会のような球状に角が突き出たような形へと変わる。

その手際の良さに思わず唸り、ほぼ均等な大きさになっているに溜め息をつく。

熟練の為せる技である。

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その球状になったものは別室に運ばれ、液体の入った缶の中へドブ漬けして、赤、青、緑、紫と鮮やかな色がつけられる。

かなりシンナー臭の強い作業場なので、作業者の健康を案じてしまうが、手袋もマスクもせずに、赤く染まった指で嬉々として応じてくれるので、どう判断してよいのかわからない。

そういえば、マトリョーシカのニス仕上げも素手で行なっていたのを思い出した。

おそるべし。

 

次に通されるのが色のついたガラスに絵付けをする部屋。

こちらは熟練工が黙々と素材をつくっている雰囲気とはちがって、明るく賑やかで春先の森のようである。

おしゃべりを交えながら、ガラスの球を美しく装飾させていく。

マトリョーシカやサンタクロースといった形のあるものには、命を吹き込んでいく。

若さに満ち溢れた娘さんたちに、描かれたマトリョーシカたちは、なんて幸せなのだろう。

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ただこのような颯爽と働いている工場にも、暗い歴史が横たわっている。

ソビエト時代はガラス職人100人、絵付け師400人と多くの人が働いていて、工場も二ヶ所あった。

しかしソビエト崩壊とともに、工場は操業停止。

一度その栄光の歴史に幕を閉じたのである。

その後、ひとりのガラス職人と絵付け師4人の人の有志が集って、細々と操業を再開。

樹々が年を追うごとに幹を太らせるように、今では20名を超える人が従事するようになって、農業以外に主な産業がないダニロヴォ村を代表する工芸品となった。

橋の下をいくつもの水が流れるような歴史である。

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今回、未知なものを買い付けると宣言したひとつが、このガラス工芸品である。

繊細なガラス細工ゆえ、破損もなく無事に持ち帰れるか、神のみぞ知るが、10点ほど買付した。

たぶんこの工場に最初に訪れた日本人の自負として、このハンドメイドの素晴らしさを、しっかりと伝えなければならない。

そんなことを、ふと思ったら、久しぶりに武者震いが出た。

 

(店主YUZOO 

 

7月 1, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年6月26日 (水)

神様の試練と小粋な機長

 

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旅立ちの日、台風の到来かと思うくらいの大雨で、強風が吹き荒れている。

案の定、フライトは1時間遅れ、この買付旅の行く末を不吉に諳ずるかのようである。

私の日頃の堕落した生活ゆえに、神様が気を引き締めてロシアに行きなさいと、このような試練を与えているのだろうか。

 

飛行機が乱気流のなかを進むときの揺れは、線路のないジェットコースターに乗っているようで、生きた心地がしない。

普段ならば寝付きの良い私は、飛び立って15分もすれば赤子のように熟睡モードに入るのだが、日本を離れるまでの小1時間、嫌な汗をかきながら、じっと座席で耐えるしかなかった。

神様の与える試練は、時には過酷である。

 

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それでもモスクワには15分程度の遅れで到着。

到着後、機長からのアナウンスがはいるのだが、日本語、英語、ロシア語の三ヶ国の言葉を流暢に話すパイロットを初めて聞いた。

しかもジェットストリームの城達也のようなシルキーボイスで、乗客への優しさに溢れたアナウンスである。

きっとこの成田ーモスクワ線に精通したベテランだと思うが、ロシア人にとっては長旅の疲れを自国の言葉で癒してくれるのは、この上ない喜びだろう。

小粋な計らいである。

 

機長の名前は渡辺さん。

もしモスクワへ旅することがあったら、機長のアナウンスに耳を傾けていただきたい。

渡辺機長ならば、ちょっとした幸せを感じることができます。

 

入国手続き、モスクワ中心部への移動、ホテルのチェックイン、携帯電話での切替、両替などを済ますと、日本を離れてから14時間も経っていることに気がつく。

明日への活力をたくわえるために、夕食と相成る。

 

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今晩は羊のあばら肉をローストしたもの。

これのみである。

買付人は腹を満たしてはいけない。

モノに対する勘が鈍るし、散財の原因となる。

 

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早々に夕食を済ませて、スーパーマーケットへ。

カートと籠が一体化していることに驚くかもしれないが、この店の流儀である。

「きのこの山」の類似品、ロシアの銘菓「アリョンカ」の爆売りコーナー、ケフィアで埋め尽くされた棚。

ロシアに着いたのだなと、しみじみと実感。

 

(店主YUZOO 

 

6月 26, 2019 海外仕入れ | | コメント (0)

2019年5月31日 (金)

悠久なるロシアの大地が呼んでいる

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いよいよ今日からロシアに旅立つ。

周知の通り、マトリョーシカや民芸品の買付にいくのだが、今回はいつもとは少しばかり意気込みがちがう。

今まで敬遠してきたものも積極的に買い付けてみようと、黒毛和牛のように鼻息も荒く、まったく新しい旅程を組んでみた。

 

名前の知らないマトリョーシカ作家。隠れた工芸品、忘れられた逸品。

これら新しいものに出会うべく、モスクワに留まらず、あの町この町へと、風の吹くまま気の向くまま、悠久なるロシアの大地を駆け抜けようと思う次第である。

 

こんなにも熱い気持ちになるのは、お客様の喜ぶ顔が見たいからというのを理由にするのは、ちょっと気障だろうか。

何せ、7月末に恒例の阪急うめだ本店で開催される「マトリョーシカ祭2019」が控えている。

 

年に一度のマトリョーシカの祭典。

柳宗悦のように民藝に目が肥えた、納得したものにしか財布の紐を緩めない関西のお客様に、これは初めてお目にかかるわいと、目を細くさせて言わせたい。

その一途な思いが、気障な台詞を吐かせるのである。

一途な思いは、儚い恋愛に似ている。

思い詰めたら盲目である。

 

というわけで、遠くモスクワの空へと旅立ちます。

あゝ、何度目のフライトになるのだろう。

 

 

 

(店主YUZOO 

5月 31, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年2月20日 (水)

第51回 紙の上を旅をする




早川義夫『心が見えてくるまで』(ちくま文庫)

つい本屋で見つけると買ってしまう作家がいる。
作家というより歌手であり、1969年代末、日本ロック黎明期を駆け抜けた伝説のバンド、ジャックスのリーダーだった早川義夫である。
バンド解散後は、「かっこいいことはなんてかっこ悪いのだろう」というアルバムを1枚残し、町の小さな本屋の経営者に転身してしまう。
当然、私が音楽を聴き始めた頃は、音楽業界から完全に足を洗っていて、書店経営の奮闘を綴った『ぼくは本屋のおやじさん』(晶文社)が、就職しないで生きるにはと銘打ったシリーズが1冊でたぐらいだった。
つまり謎めいていて、取りつく島のない音楽家、もしくは作家であった。


高校生の頃に一度、その本屋を訪ねようかと企だてみたものの、音楽業界に厭気がさして別の生き方を選んだ人に、ひとまわり以上も違う世代が、あなたのファンですと押しかけるのも、傍迷惑な話だろうと思い返し、結局、これといった行動は起こすことなく時は流れた。
それが20世紀も終わろうかという頃、奇跡とも思える音楽活動を再開し、執筆活動も旺盛に始めたのである。




紅顔だけが取り柄の青春時代の私が、早川義夫に心を鷲掴みにされたのは、心の奥底に潜んでいるイヤラシさ、弱さ、優しさ、醜さ、美しさなどを、着飾った言葉を使わずに、赤裸々に歌にしたり、文章にしていたからだと思う。
その思いは今も寸分も違わない。
再活動したからといって、まったく変わらない姿勢は驚きでもあり、同時にあの頃のように深い共感に心を掴まれた。


〈ある女の子が、「肉体とたましいが一番寄り添ったときに涙が出るのかしら」と言って、職場の送別会に出席し、別れを惜しみ、思わず涙があふれてきた話をしてくれた。あっ、そうかもしれないと思った。彼女の涙をまだ見たことない僕はちょっと嫉妬した〉


〈自分がしてもらいたいことは、相手にも同じことをするのが礼儀である。僕は女の子の届かないところにチューをする。好きな人は僕の分身だから気持ちいい。彼女の歓びが僕の歓びとなり、僕の歓びが彼女の歓びになればいい。愛の単位は、センチやキログラムでは表せなられない。一番いやらしいところを愛おしく舐められるかどうかである〉


〈窮屈なところよりも、空が見えた方が好きだ。デイトだと見栄を張って、もう少しいいところに行くかもしれないけど、女の子が「もったいないよ」と、日常の地味な部分を見せてくれたりすると、ああ、なんてこの子はいいこなんだろうと思う。それこそ、ぐにゃぐにゃになってしまう〉


こういう文章を臆することなく、いくつ年を重ねても書ける感性が、本当にうらやましい。
自分だと、どうしても回りくどくなったり、少し上から見ているような文章になってしまう。
人というのは、実際の自分よりも高貴さや寛容さを見せようとするものだ。


表紙裏の著者紹介でも、アーティスト、シンガーソングライターといった自己主張の塊のような言葉は使わず、元歌手、元書店主、再び歌手とシンプルに書いてあるのも、本当に早川義夫らしい。
2時間もあれば読み終えてしまうけども、ちょっとした言葉がいつまで心に引っかかってくる、素敵な本です。

(店主YUZOO)

2月 20, 2019 店主のつぶやきブックレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月12日 (火)

第50回 紙の上を旅をする




高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)

2019年も早いもので1ヶ月が過ぎた。
正月は、飲酒、読書、ランニング三昧の悪癖と知性と健全が入り混じった生活を送っていた。
しかし2月に入ったところで変化はない。
相変わらずの暮らしぶり。
酒を呑んではこの世の憂さに耳を傾け、旅行記や紀行文の行間に現実逃避し、こんな日々を過ごしてはいけないと、ヨタヨタと汗にまみれて、近所を走るのである。


最近は高野秀行の諸作を古本屋で見つけては、酒を枕元に置いて、布団の中でページをめくるのが、無上の悦びとなっている。
この本は高野秀行の名が広く知られるようになったマイルストーン的な作品。
中型サイズの辞書ぐらいの厚さがあるので、眠れない夜には、うってつけの本である。


この本の舞台であるソマリアは、アフリカの角と呼ばれている地域で、民族間の内戦が絶えず、角の先にあるアデン湾では海賊が跋扈し、外務省が渡航危険地域に指定している場所である。
数年前、海賊達のホームグラウンドであるアデン湾へ自衛隊を派遣することに、国際貢献だの、憲法違反だの、非武装だの、非現実的だの、米国追随だの、眼には眼をだの、国会が喧々諤々と揺れ動いた。
その地がソマリアだと言われれば、ポンと膝を叩いた人も多いだろう。
しかし実際はどのような人々が生活していて、どのような文化や宗教を持ち、どのような習慣を常としているのか、何も知らないのである。
つまり私を含めて、ソマリアについては、何だか物騒な国で、行くのならば命の覚悟を決めたほうがいいんだろうなと漠然と思っているだけで、無知の知にさえなっていない。




著者はソマリアについての情報がほとんどないなか、ソマリアが内戦の国、海賊の国、平和の国の三つに分裂しているという話を聞き、現状がどうなっているのかその眼で見たくなり、彼の地へ旅立つのである。
特に独自の解決方法で、平和国家を樹立したソマリランドが、気になって渡航を企てる。
ちなみにソマリランドは国際的に認められていない未承認国家でありながら、銃は回収されて治安が良く、経済も窮することなく、国民は平和な生活を送っているという。
著者はジャーナリストというより辺境作家と自称するだけあって、ソマリランドの政治システムや国家体制に着目するよりも、ソマリ人の気質や人柄に思いを寄せ、長年培ってきたソマリア伝統の智慧で、内戦を終結させたことに眼を瞠る。


その解決方法についてはここでは記さないが、帯にあるような「西欧民主主義、敗れたり!!」のコピーは、当たらずも遠からず。
西欧的価値観で善悪を定めて、一方を支持し一方を排除しようとするから、紛争や内戦が長期化、泥沼化するのであり、このソマリランドがとった方法は、今後の平和的な解決を示唆しているかもしれない。


読み終えた後、世間擦れして濁っていた私の眼に潤いが戻ったかのようだった。
おかげで朝まで眠れずにいたのだが。
久しぶりに眠れない夜を過ごしてみたい方は、枕元にいかが。


(店主YUZOO)

2月 12, 2019 店主のつぶやきブックレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月26日 (月)

第49回 紙の上を旅をする




開高健『日本人の遊び場』(光文社文庫)

今日は昭和30年代の日本への旅である。
昭和30年代といえば、神武景気、岩戸景気に国中が沸き立った時代。
もはや戦後ではないという名言まで飛び出て、欧米人並みの生活が夢ではなく、現実になると信じて疑わず、団塊の世代ならば、エネルギーに満ち溢れた日本をなつかしむ時代。
平成生まれの若者ならば、教科書では知っているけど少しマユツバに思える時代。
私が生まれたのは昭和30年代も終わりの頃だから、好景気に浮かれ、東京オリンピック、高度成長、所得倍増計画、巨人、大鵬、タマゴ焼きという言葉に実感はなく、爪に火をともすような、赤く貧しい生活しか思い出はない。


この好景気の締めくくりとなった1970年の大阪万博に、新幹線で出掛ける裕福な家庭など、40名のクラスの中でも1名いれば良い方だった。
すべての家庭が、狭いながらも楽しい我が家を、地でいく暮らしぶりだった。
その体験からいえば、平成生まれと同様、日本現代史に燦々と輝く右肩上がりの好景気に対して、ねっとりとしたツバをマユに塗りつけないわけにいかない。


この寝ても覚めても仕事に明け暮れ、給料袋を覗いては一喜一憂していた日本人たちは、どのように余暇を楽しみ、どんな行楽施設があったのだろうか。
しかも週休2日は皆無に等しく、日曜日のみが唯一の骨休めとなる労働環境である。




目次は、ボーリング、パチンコ、湘南海岸、浅草木馬館など、行楽地や遊戯場が13ヶ所が列挙してあるが、そのなかで瞠目すべきは、ほとんどが衰退したり、名称が変更になったりしながらも、現在もしぶとく生き残っていることである。
たとえば船橋ヘルスセンターは消えたが、スパリゾートハワイアンズが同様のコンセプトで継承しているし、各市町村にある健康ランドも、同形態を簡略化したものであろう。
軽井沢、湘南海岸、磐梯高原はリゾート地として人気は下がったものの、夏季休暇となれば、周辺道路は渋滞し、お父さんは眠い目をこすりながら、ハンドルを握っているはずである。


当時は存在しなかったが現在あるのは、東京ディズニーランドとユニバーサルスタジオぐらいではなかろうか。
それでさえ、この本に載っているテクニランド(鈴鹿サーキット、多摩テックなど)の発展型といえなくもない。
いや、ひとつだけあった。
今や世界共通語となったカラオケである。




結局のところ、日本人は遊び場を提供されなければ、自ら考えて遊ぶことができない人種なのだろうかと思ってしまう。
この本が50年が経っても、遊びの意識が進んだのは、3歩にも満たないのではないか。

〈“大国”の民の熱中する遊びが、こともあろうにパチンコだということは、どういうことだろうか。子供のハシカみたいな病気からいつまでも大人がなおれないでいるというようなことだろうか。いまの日本がよほど抑圧にみちているということたまろうか〉


著者は深く嘆息し、働きづくめの日本人の手を見つめて、こう歎く。
同感である。
高度に発達した資本主義経済では、浪費は美徳であり、停滞は悪である。
人気の場所や話題のスポットに群がり、そこに行ったことがステイタスとなる日本人の習性は、浪費させるには効率良く、ある程度の収支計算が見通せる。
従順でトロリとした眼をした、羊科の民族である。
心底から喜びに満ちた遊びとは、他から与えられるものではなく、自ら生み出すしかないと思うのだが。

(店主YUZOO)

11月 26, 2018 国内仕入れブックレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)