2019年10月18日 (金)

草臥れオヤジの疾走記〜山形まるごとマラソン(中)

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マラソン当日。

天気予報どおり、雨が降っている。

降水確率も60%と出ているから、今日は雨の中を走ることを覚悟しなければならない。

思い返すと、過去に出場した大会は、天気に恵まれるどころか、季節外れの暑さに見舞われるほどの好天ばかりで、類稀なる晴れ男の才能が備わっていると信じて疑わなかったが、本日をもってその神通力は消えたようである。

 

今回、一緒に走るのは山形出身の後輩S君。

 

ゴールデンウィークに久しぶりに集まった際、中年ならでは会話、健康診断の数値の悪さ、体力の衰え自慢に話が咲き、それ故にマラソンを始めたんだと私が懺悔をすると、S君も実は10年ほど前から、マラソン大会に出場していると言う。

 

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私からみれば、ベテランの域に達していると一瞬尊敬の眼差しで見つめたのだが、戦歴を訊くとたいしたことはない。

関門でのタイムオーバーで断念したこと数知れず。

ほとんどが制限時間ギリギリでゴールインしている、綱渡り的な記録しか持ち合わせていない。

山形まるごとマラソン出場も5回目となり、コースの特長を熟知しているものの、その経験を生かしきれていない強者である。

参加することに意義があるという言葉が、痛いほどよく似合う。

 

トイレ。ストレッチ。ウォーミングアップ。

イメージトレーニング。またトイレ。

スタート時間が近づくにつれ、否が応でも気持ちが高まってくる。

すると雨雲の切れ間から光が射し込んできた。雨は小雨に変わった。

晴れ男の才能が再び開花したのだろうか。

気温も15度とマラソン日和。

この好条件ならば、目標の2時間切りを狙わなくても、せめて謙虚に自己ベストを目指したい。

待ってろよ。心の故郷ヤマガタ。

 

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9時5分、合図とともに各ランナーが、一斉にスタート。

私のいる最後方のDゾーンは、スタート地点に辿り着くまで、老若男女が入り乱れ、芋を煮ているような混雑。

前のランナーの足を踏まぬように細心の注意を払っているうちに、2分ほどロスしてしまう。

 

しかし、そのことでは動揺しないのが、オヤジランナーの太々しいところで、箱根駅伝で謳われている「1秒を削りとれ」という熱い意気込みはない。

最大の目標は時間内に完走できるか、次に途中で歩くことなく走り通せたか、最後に自己ベストを更新できたかなのである。

初めから入賞にからむことないので、タイムロスが気になるわけもなく、あくまでもネットタイムを注視である。

 

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スタートから3キロぐらいまではランナーが多く、自分のペースで走れなかったが、徐々に団子状態がばらけ始めて、足の運びもリズミカルに、呼吸も乱れることはなくなった。

練習を含めて、今までで、一番調子が良い。

長年辛酸を舐め続けてきた人生だけに、どんな大ドンデン返しが待ち受けているのかと、一瞬不安になるほど。

この調子は本来の自分ではないと、何度も言い聞かせる。

 

まだレースは始まったばかり。

道半ばにも達していない。

 

人生に喩えるならば、青春真っ只中。

 

(店主YUZOO )

10月 18, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年10月15日 (火)

草臥れオヤジの疾走記〜山形まるごとマラソン〜(上)

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スポーツの秋。

マラソンの季節到来ということで、55才からからのアスリート宣言をしたばかりに、先月に引き続き、肉体的な衰えも忘れて、1ヶ月も経たずに出場である。

今回の舞台は、心の故郷と呼んでも差し支えない山形県で開催された「山形まるごとマラソン」。

こけし買付ではお世話になっているだけに、まったく未知の土地というわけではない。

むしろ故郷に錦を飾りに来た気分で、この大会のメインであるハーフマラソンの部にエントリーしたのである。

 

こう書くと、眩しいほどの充実した人生を送ってるように思えるが、現実の私はちがう。

前世はオオサンショウウオだったと確信するほど、日頃は怠惰な休日を過ごしていて、布団の隙間から空を眺めては、雨が降りそうだの、風が強いだのと呟いては、練習から逃れようとしている。

ただ極度の貧乏性ときているから、途中で棄権したら参加料がもったいないと思い直して、湿った布団から這い出して、渋々ウェアに着替えているのが本音。

 

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練習もエントリーしたことを後悔しては、散歩中の犬に吠えられながら、公園の周りを息を荒げて走っている。

みなさんに忠告するが、安易に55才からのアスリートなどと宣言すべきではない。

あの時は、なにかに憑かれていたのか、毎月大会に参加して、その度に記録更新して、来年には市民ランナーの憧れ、サブフォーを達成するのだと、独りごちになっていた。

 

だがこの半年、いやいやながら練習を重ねたものの、目を瞠るようなタイムが出たわけでもなく、体力維持が精一杯だった現実。

中年オヤジには、もうアスリートなどという輝かしい言葉で祝福されることはない。

 

しかし山形に向かう高速バスで、その自己陶酔の悪癖が、またもや頭角を現し、この大会の目標である2時間切りは間違いなし、ゴールしたときの決めポーズはどうしようと夢想していた。

クレイジーケンバンドの「♫やれば出来るよ〜、出来るよやれば〜」と口ずさみながら、ゴールは右脚か左脚かで悩んでいたくらいである。

根拠のない自信に満ちた人間ほど、始末に負えないものはない。

 

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7時間ほどバスに揺られ、山形駅に到着すると、陽が傾き、すこし肌寒い。

晩秋の気配である。

空を見上げると、数千羽の椋鳥の大群が乱舞し、喧しく鳴いているのが、都会では見られない異様な光景で、それ以外は人影も最後の練習をするランナーもなく、至って静かである。

 

明日、マラソン大会が開催される祝祭ムードはない。

気持ちだけは神奈川県の招待選手と意気込んでいただけに、この荒涼とした雰囲気は、すこし腰砕けである。

この熱い気持ちを鼓舞するものが欲しい。

 

そこでマラソンに最適に食べ物はバナナであると、ふと雑誌に載っていたのを思い出し、ホテル近くのスーパーで2本買った。

蝋細工のような美しい黄色いバナナである。

まだ熟すには程遠い。

この初々しさ。清々しいさ。

明日を暗示しているようにさえ思えてならない。

本当に明日、私は走るのだろうか。

 

(店主YUZOO )

 

 

10月 15, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年9月25日 (水)

草臥れオヤジの疾走記〜巨峰の丘マラソン(後編)

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さすがに日頃の練習の成果があったのか、5キロ、10キロと、多少の坂道でも音をあげることなく、無難に通過できたが、やはり懸念していたとおり陽が昇るにつれ、気温は上昇してきて、汗ばんだウェアがじっとりと背中に張りついてくる。

しかも葡萄畑には、木陰になるような大木や林道があるわけもなく、ジリジリと陽射しが降り注ぎ、不摂生が板についた中年オヤジの体力を奪っていく。



このコース、平坦地がまったくない。

走っているうちに、余程の急坂でもない限り、自分が今、坂を上っているのか、下っているのかさえも、判断がつかなくなる。


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やがてコースマップに書いてあった折り返し地点の激坂が、万里の河のごとく立ちはだかる。

この河、右に左にと曲がりくねっているだけに、どこが源流なのか、まったく区別がつかない。

距離の感覚がわからないため、どの程度の脚力を使えば辿り着けるのかと、経験値が乏しいゆえに、足が止まってしまう不安ばかりが増えていく。

まだ道程も半ばなのに、すべての体力を使い果たしてはいけない。


しかし、これもアスリートになるための試練だと決心して、「千里の道も一歩から、千里の道も一歩から」と唱えながらと上っていくうちに、私の憐れなヒラメ筋が、キュウキュウと悲しく鳴き始める。


「この坂道、初心者のあなたには過酷過ぎます。あと10年若ければ上れたでしょうが」


そんなヒラメ筋を宥めたり、叱咤したりを繰り返して、ようやく坂の上までくると、今度はジェットコースターのような急勾配が待ち受ける。

ヒラメ筋が静かになったかと安心すると、今度はゴボウのように痩せた太腿が、か弱い声で、こう祈り始める。


「天にまします我らの父よ。願わくば、この男をこの場所に膝まつかせ給え」


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しかし私にはゴールに辿り着かなければならない理由がある。

義務や正義感はないが、心境は「走れ!メロス」と変わらない。

この地域の風物詩なのか、沿道にたくさんの応援団がいて、そのなかの満面の笑みを浮かべたお爺さんの声援から、残りのコースは身体に優しいなだらかな下り坂だと知る。

それを聞いて、半ばストライキに突入していたヒラメ筋と太腿が機嫌を取り直し、「メロスのためならば、私たちも力添えいたしましょう。元々、我々は一連托生の身の上ですから」と嬉しい言葉をいただく。


走れよメロス!メロスな私!私のメロスよ!直走れ!


そんな鼻唄まじりに長い坂道を駆け下りる至福のときも束の間、運営スタッフが、ここから左廻れと大きな旗を振り、誘導しているのが目に飛び込んでくる。

その目の先には、聳え立つ葡萄の丘。


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これは幻覚である。

30℃を超える猛暑のおかげで、蜃気楼を見ているだけである。

富山湾の蜃気楼と同じである。

ブロッケン現象である。逃げ水である。ネス湖のネッシーである。


しかし旗が向けられた先には、確かに長く天国まで続くような坂があり、左右には収穫を待つ葡萄がたわわに実っている。

そんな落胆する私を慮るように、ヒラメ筋も太腿も涙ひとつ見せずに、最後の一歩まで力を尽くしたが、あえなく坂の途中で撃沈。

坂の上まで、とぼとぼと歩くことになる。


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あとで知るところには、今年は道路工事の関係で、コースが変更になったということ。

沿道で声援を送ってくれたお爺ちゃんは、何ひとつ間違っていなかった。

ただ私の心の鍛錬が足りなかっただけである。


最後は小刻みに震える両足を、庇うようにしてゴールイン。

55才からのアスリート。

まだまだ夜明けは遠い。


※写真は本文とは、ほぼ関係がありません。


(店主YUZOO )



9月 25, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年9月24日 (火)

草臥れオヤジの疾走記〜巨峰の丘マラソン(前編)

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夏の酷暑にも翳りがみえ、いよいよマラソン・シーズンの到来である。

55才からのアスリート」と銘打って、今年から始めた練習の成果を試すときがやってきた。

人はいくつになっても進化するということを、身をもって表したいところである。

メタボ、慢性疲労、気力減退、加齢臭、薄毛、成人病予備群の同期に、まだまだ塩辛い年齢になっても、準備さえ怠らなければ、あの頃のような躍動感が戻ってくるのだと、証明したいのである。

青春というには無理があるが、老兵と呼ぶにはまだ若い。

そんな並々ならぬ決意を胸に、山梨市で開催される「巨峰の丘マラソン」に出場することになったのである。



この大会、巨峰の丘という名の通り、陽当たりの良い葡萄畑の中を駆け抜けるのだが、高低差が530メートルほどあり、坂道が多い中級者向けのコース。

つまり高尾山ほどの小山を往復するのをイメージすれば良いだろうか。

大会ホームページには、天候が良ければ、アルプスの山々と遠くには富士山を臨めるという、ランナーは眼も愉しめるコースと謳われている。

坂道は得意ではないが、アスリート宣言した以上、苦手は克服しなければならない。

そんな微かな闘志を抱きながら、当日まで地元、風車公園の急坂を黙々と往復したのである。


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915日当日。

始発電車を乗り継いで、中央本線山梨市駅まで向かう。

車を使わなかったのは、三連休なので時間が読みにくいのと、完走後のご褒美である生ビールに直ぐにありつきたいからである。

人生の酸いも甘いも熟知した、オヤジならではの好判断と言えよう。

若僧には考えつくまい。


天気は雲ひとつない青空。

駅に着くなり、しっとりと汗ばむほど。

一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。

山梨は盆地である。

フェーン現象で、熱気は底にたまり、風は山の上を渡っていくだけなので、気温は陽に照らされて上昇するのみ。

7時の時点で、すでに30℃近くある。

この予感が単なる思い過ごしでなければよいが。



送迎バスに揺られ、山の中腹にある会場へ。

すでに会場には多くのランナーが待機していて、ストレッチをしたり、軽いウォーミングアップをして、開始時間を今かと待っている。

大会本部に設けられたテントでは、摘みたての巨峰が振る舞われており、そちらにも多くのランナーが、口に頬ばりながら、初秋の味覚を愉しんでいる。

闘争心で咽せ返るような雰囲気がないのも、地方大会ならでは。

参加賞も巨峰が一房とミネラルウオーターなのだから、この大会のやんわりとした空気が窺い知れよう。


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940分号砲。

20キロコースにエントリーしたランナーたちが、自ら拍手してスタートとする。

ランナーの数は千人にも満たないだろうか。

スタート時によくある混雑や密集感もなく、割と早く自分のペースで走れる距離感が確保できたので、まずはひと安心。

私のような初心者ランナーは自力が乏しいゆえ、周りに呑み込まれてオーバーペースになったり、気合いが入るあまり、無理に他人より前に出ようとして、無駄に力を使い果たしてしまう。


実社会では、ライバル会社とのシェア争奪戦や同期との出世競争が日常化しているけど、この塩辛い年齢から始めたマラソンでは、華々しい記録を臨めるわけでもなく、まずは完走することであり、次に自分が目標としたタイムに、如何に近づけられるかだけである。

争わない。無理をしない。諦めない。

これがオヤジ・マラソンの三原則なのである。



※写真は本文とほぼ何も関係ありません。

(店主YUZOO )





9月 24, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年9月12日 (木)

第281回 耳に良く聴く処方箋

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スマイリー・ルイス『アイ・ヒア・ユー・ノッキング』(インペリアル/オールディズ)

今宵はニュー・オリンズの重鎮、スマイリー・ルイスを聴きながら一献。
このスマイリー・ルイスは50年代に数多くのヒット曲を放ち、同郷のファッツ・ドミノと肩を並べるほどの人気を博したというが、今や忘れられた存在。
20年ほど前にCD4枚組のアンソロジーが発売されたものの、それ以降はまったくスポットライトを浴びることなく、満足に再発も出ないままに、ひと握りの好事家の記憶にだけ息づいている、ツチノコのような存在になっている。
いと哀し。

何を隠そう、私は長年この4枚組CDを探し求めていたクチで、実際、スマイリー・ルイスはニュー・オリンズの編集盤で数曲聴いたぐらい。
好事家どころか、勝手に耳の内で音を想像している妄想家なのである。
芸名が「笑顔のルイス」というだけで、その屈託のない人柄がしのばれるではないか。
そして嬉しいことに、帰宅時にふらりと寄ったレコード屋で、オールディズ・レコードが再発した1枚に巡り会えたのである。
快哉!

このアルバムには、ボーナス・トラック4曲をを含めて全16曲が収められている。
1曲目は50年代らしい三連のピアノが鳴り響き、スマイリー・ルイスのオヤヂ声が心地よい「The bell are ringing 」。
途中で入るアルビィン・タイラーと思われるサックス・ソロの下卑た下水道のような音色で、1ラウンドにしてノックアウト。
この突っ込み気味の演奏が、50年代に全盛期を迎えていたニュー・オリンズのサウンド。
のちのロックンロール誕生に多大な影響を与えたのも、頷ける。

基本的にはブルース・コードの進行で、ゆったりとしたリズムを奏でるのを得意としているので、この手の音楽を聞き慣れない若造には、ワンパターン、どれも同じ曲に聴こえてしまうにちがいない。
しかし何十年も音楽にどっぷりと漬かった塩辛い耳には、すべての曲がそれぞれに異なった輝きを放ったように聴こえるのだよ。

大らかに歌い上げるスマイリー・ルイスを盛り上げる、デイヴ・バーソロミュー楽団の陽気なグルーヴ感。
そしてソロが回ってきたら、俺こそニュー・オリンズ一番のサックス奏者だと、激しく主張するホーン陣。
50年代のニュー・オリンズでは、夜な夜な酒場で、こんな演奏が繰り広げらていたのだろうと想像すると、この収録された16曲は一瞬にして、我が家をバレルハウスに変え、この古き良き時代へと誘ってくれるのである。
これが本来の音楽の愉しみ方なのだよ、若造くん。ワトソンくん。

と言うわけで、今宵は御機嫌な夜を過ごしている。
最後を締めくくるのは名曲「Shame,Shame,Shame 」。
編集も憎いね。


(店主YUZOO )


9月 12, 2019 店主のつぶやきCDレビュー | | コメント (0)

2019年8月 9日 (金)

阪急の情報サイト「SOUQ ZINE」でインタビューを受けました

先日の阪急うめだ本店の企画展「マトリョーシカ祭2019」に合わせて、マトリョーシカについてインタビューを受けました。

ロシア買付秘話、マトリョーシカへの思い、初めてロシアに行ったときの話など、多岐にわたって話をしています。

こうして記事になると、マトリョーシカの買付が尊い仕事のように思えて、ヘソの辺りがこそば痒い。

 

おまけに顔写真まで載せられて、恥ずかしい。

私の締まりのない顔を見てみたい方は、下記のサイトにアクセスしてみてください。

 

https://www.souq-site.com/shop/g/gMmatryoshka/

 

(店主YUZOO)

8月 9, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 5日 (金)

草臥れオヤジの疾走記〜天狗のこみちマラソン編〜

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623日に、天狗のこみちマラソンという大会に参加した。

初心者には優しい10キロの大会なのだが、結果は声を大にして言えたものではない。

手を添えて耳元で、囁かなければならないほどの散々たるものだった。

だいたい30年近くも、運動とは無縁の生活を送ってきたのである。

半年程度の練習で、輝かしい記録を手に入れられるなんて、ムシが良すぎる。

 

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さて今回参加した天狗のこみちマラソン。

なかなかユニークな大会で、大雄山最乗寺の参道2キロほどを駆け下り、広域農道を抜けて、折り返し、再び最乗寺を目指す10キロの旅。

最乗寺までの坂は、駆け下りた車道ではなく、歩道を上っていく。

高低差200メートルの杉並木の中を、石段と苔むした小道が交互に出てくる。

最後に寺門へ続く長い階段を、息を切らして上り、ゴールとなる。

パワースポットが点在するなかを走るのも、魅力のひとつとなっている。

 

 

今回、一緒に走ったのは、トライアスロンを中心に出場しているMさん。

良きライバルというより、師弟関係と言ったほうが相応しい関係。

続々と集結するランナーを見て「このコースはマニアックだから、参加者も猛者揃いですね」とさらりと言う。

確かにパンツ姿から伸びた足は、太腿は幹のごとく隆々として、ヒラメ筋も舌平目の比ではない。

小ぶりのバナナの葉のようである。

 

マラソン大会の参加者は、ふたつのタイプに分かれるそうで、休日にそこそこの練習を重ねて、完走を目標とするタイプと、それでは飽き足らず、激坂を主戦場とする通称‘坂ばか’、ウルトラマラソンに全身全霊をかたむける修行僧タイプ。

後者はトライアスロンや山の尾根を駆け抜けるトレイルランへと、さらに細分化されていく。

 

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スタート直前、厳かに法螺貝が鳴り響き、ランナーはそれぞれに身を引き締め、これから始まる過酷な旅路に集中力を高める。

法螺貝や大会の安全を願っての祈祷は、天狗の修行場といわれた最乗寺を会場とした、この大会の特徴でもある。

 

9時、ピストンの合図でスタート。

初っ端は2キロにおよぶ急坂を下るだけに、いつもよりスピードが増して、一瞬にして高校生までに若返ったと勘違いするほど。

頭のなかで「♩あの頃君は若かった〜」と口ずさむ。

 

しかし青春の喜びも2キロまで。

すぐに長く延々と続く坂道が、目の前に立ちはだかる。

早くも若さが取り柄の学生時代に別れを告げて、社会の荒波に呑み込まれたとでも言おうか。

黙して語らず、周りのランナーに追い抜かれようと、自分ができるパーフォマンスを着実にこなすしかない。

 

マラソンに「練習は自分を裏切らない」という金言があるが、周りに惑わされて、実力以上に頑張ってしまうと、悲惨な結果が待っている。普段の練習の積み重ねが、相応の結果を生むという意味である。

マラソンはシンプルなスポーツゆえ、奥が深い。

 

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やがて折り返し地点となり、あとは復路を行くのみ。

下り坂が上り坂に、急斜面が急勾配に変貌する。

往路では青春の夢を見せてくれた参道が、豹変して、か弱い中年オヤジに牙を剥くのである。

この大会の特徴である、石段が点在する最後の登り坂。

それまで快調と思われた足が、ガシッと鉄球に繋がれたらようになり、呼吸もゼイゼイと荒くなる。

「ナンダ坂、コンナ坂」と減らず口を叩く余裕すらない。

 

完敗。

坂の途中で白旗を高々と掲げて、あとは足を引き摺るようにして石段を上り、這々の体でゴールイン。

完走した満足度より、もうこれで終わったという安堵感が、草臥れたオヤジの身体を包み込む。

 

中年オヤジの挑戦は始まったばかりである。

しかし、これから幾多の敗北が、勝利の行く手を阻んでいくのやら。

 

(店主YUZOO )

7月 5, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 3日 (水)

感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ②

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今回、セルギエフ・パッサードの宿は、19世紀の文筆家シーシキンの生家を、ホテルとして改装したもの。

部屋数はプチホテルといっても差し支えないぐらい少ないが、赤レンガを基調とした、極力派手な装飾を排した内装で、とても落ち着いた雰囲気。

残念なことにシーシキンの業績や作品については、不勉強で何も知らないが、同時代に活躍したロシアを代表する画家、イワン・シーシキンとは関係ないようだ。

もちろんツナ缶とも関係ない。

 

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さてこの文章を読んだ人だけの朗報である。実は、セルギエフ・パッサード訪問の一番の目的は、現在、マトリョーシカの名実共に第一人者と呼んでも差し支えないマリア・ドミトリワさんを、日本に招聘するための打合せにある。

7月末に阪急うめだ本店のイベントに合わせて、来日してもらう予定で、期間中は、絵付け体験やワークショップなど、お客様にマトリョーシカつくりの楽しさや奥深さを知ってもらえばと、様々な企画を考えている。

マリアさんから直接絵付けを教わるなんて、マトリョーシカ愛好家には、至福のときとなるはず。

 

ぜひ多くのお客様に参加いただければと願っています。

詳細は日を追ってお伝えします。

 

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マリアさんと打合せが終わった後は、ナターリア・バローニナさんの仕事場へ。

以前は自宅でマトリョーシカを製作していたが、一部を改築するために、こちらに移ったらしい。

この建物は全体がアトリエににっていて、各階に絵描き、彫刻家、工芸家など、様々な芸術家が製作に勤しんでいる。

広い間取り、柔らかな陽射しが差し込む窓辺、市の中心部という好立地を考えると、芸術家にとっては、この上ない良い環境だろう。

ナターリヤさんも自宅には帰りたくないわと微笑んでいる。

羨ましいかぎりである。

(羨まし過ぎて、写真を撮るのを忘れてしまったが)

 

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その後も何人かの作家と会い、9時の日没まで時間があったので、世界遺産にもなっているトロイツェ・セルギエフ修道院に足を運んだ。

恥ずかしながら、何度もこの地を訪れているけれども、なかに入るのは初めてである。

もう観光客が帰る時刻なので、ほとんど人影がなく、ことのほか静かである。

初夏だけに中庭には花が咲き、鳥の囀りが聞こえる。

平日だというのに、賛美歌が厳かに歌われている。

その澄んだ歌声が、教会の高い天井に響き渡る。

静かに眼を閉じる。

耳を澄ます。

 

こうして魂が浄化されないと、人は生きていけないと、ふと思う。

 

ちょっとキザだね(笑)


 

 

(店主YUZOO 

7月 3, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 2日 (火)

感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ①

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昨日と今日は、セルギエフ・パッサードに宿をとり、この町に住む作家さん宅や工房を手当たり次第に巡る、マトリョーシカ三昧の夢の2日間。

紹介された作家に初めて会う時もあれば、旧知のなかで、お茶とケーキで、他愛のない世間話で終始する時もある。

マトリョーシカを目の前にして、小さな目を細めたり、見開いたりと忙しい2日間なのである。

 

思い返せば、ロシアを訪ねるようになってから、はや12年が経つ。

右も左もわからない蕾から、少しずつ花びらが開いて、大きく花開いたと考えると、実に感慨深い。

もちろん花びらが陽に向かっている時ばかりでなく、作家さんが製作を辞めてしまったり、工場が閉鎖されたりと、花が色褪せてしまう時もあった。

それら無数の邂逅を辿り、思いを馳せたので、いっそう感慨深いのである。

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今回は、さすがに多くの人に会うので、私の二歳児並みのロシア語力では、相手に指先ほどの意思さえ伝えられない。

「ダー」と「ニエット」だけでは、お茶の一杯にもありつけない。

そこで10年前に知り合ったニコライさんに同行してもらうことにした。

日本語堪能なニコライさんは、私がロシアの行くようになって間もない頃から、いろいろとアドバイスをくれて、影となり陽となり、支えてくれた恩人である。

こうして10年経ても、私の仕事を自身の人生の楽しみとして、心良く引き受けてくれる。

この事実も感慨深い。

 

というわけで、今回の旅は「感慨深きセルギエフ・パッサードのココロだ」と題した訳である。

(小沢昭一的ココロのパクリだけどね)

さて今回の感慨深い旅のなかで、とくに印象に残った出来事を綴っていこう。

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まずひとつめ。

ここ数年、伝統的なセルギエフ・パッサード柄のマトリョーシカを頼んでいたビクトール夫妻が、もしかすると近いうちにマトリョーシカを作るのを辞めるかもしれない、と突然告げてきた。

ご年齢を伺うと、もう80歳になるという。

手先を動かす人は若く見えるというが、ハツラツしていて、池袋の老人とはちがい、車の運転も流暢で、まったく年齢を感じられない。

 

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その理由としては、細かい絵付けに眼がついていかないこと以外に、いつも素材を削ってくれる職人も同様に御高齢で、いつその手を止めるかわからない、私は彼の削った素材以外には描きたくないと言う。

彼とは、ソビエト時代に操業していたマトリョーシカ工場からの長い付き合いだし、工場閉鎖後も、ずっと私のために削ってくれた。

私は彼の腕しか信用していないんだと、さらに続けられると、こちらも返す言葉や励ましさえも見つからず、じっと深く皺が刻み込まれた顔を見入ってしまう。

 

セルギエフ・パッサードは作家さんがつくるマトリョーシカは増えているが、その一方で伝統柄を描く職人は減る傾向にある。

たぶんお土産的な扱いで安く売られてしまうものよりも、自身のアイデアとデザインで個性的なマトリョーシカを作ったほうが、高値で売れるからだろう。

永遠に伝統的なマトリョーシカを作り続けると信じていたビクトール夫妻の口から、辞めると告げられると、ひとつの時代が閉じつつあるのを感ぜずにはいられない。

言葉にならない感慨である。

(つづく)

 

 

(店主YUZOO 

 

7月 2, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年7月 1日 (月)

ダニロヴォ村のガラス工場

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ガラスの可愛らしいオーナメントをご存知だろうか。

日本ではあまり馴染みがないが、ヨーロッパでは古くから作られていたようで、アンティークなものは高値で取引されており、伝統工芸品のひとつに数えられている。

ロシアにもその伝統は根付いており、今回訪問した工場も創業から100年近く経つ老舗。

ほぼクリスマスオーナメントのみを、延々と作り続けている。

 

その製作工程で目を瞠るのは、ほぼハンドメイドで作られていること。

まず長いチューブ状のパイプをバーナーで熱して柔らかくすると、引き伸ばして、素早く内側から吹く。

するとロシアの教会のような球状に角が突き出たような形へと変わる。

その手際の良さに思わず唸り、ほぼ均等な大きさになっているに溜め息をつく。

熟練の為せる技である。

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その球状になったものは別室に運ばれ、液体の入った缶の中へドブ漬けして、赤、青、緑、紫と鮮やかな色がつけられる。

かなりシンナー臭の強い作業場なので、作業者の健康を案じてしまうが、手袋もマスクもせずに、赤く染まった指で嬉々として応じてくれるので、どう判断してよいのかわからない。

そういえば、マトリョーシカのニス仕上げも素手で行なっていたのを思い出した。

おそるべし。

 

次に通されるのが色のついたガラスに絵付けをする部屋。

こちらは熟練工が黙々と素材をつくっている雰囲気とはちがって、明るく賑やかで春先の森のようである。

おしゃべりを交えながら、ガラスの球を美しく装飾させていく。

マトリョーシカやサンタクロースといった形のあるものには、命を吹き込んでいく。

若さに満ち溢れた娘さんたちに、描かれたマトリョーシカたちは、なんて幸せなのだろう。

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ただこのような颯爽と働いている工場にも、暗い歴史が横たわっている。

ソビエト時代はガラス職人100人、絵付け師400人と多くの人が働いていて、工場も二ヶ所あった。

しかしソビエト崩壊とともに、工場は操業停止。

一度その栄光の歴史に幕を閉じたのである。

その後、ひとりのガラス職人と絵付け師4人の人の有志が集って、細々と操業を再開。

樹々が年を追うごとに幹を太らせるように、今では20名を超える人が従事するようになって、農業以外に主な産業がないダニロヴォ村を代表する工芸品となった。

橋の下をいくつもの水が流れるような歴史である。

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今回、未知なものを買い付けると宣言したひとつが、このガラス工芸品である。

繊細なガラス細工ゆえ、破損もなく無事に持ち帰れるか、神のみぞ知るが、10点ほど買付した。

たぶんこの工場に最初に訪れた日本人の自負として、このハンドメイドの素晴らしさを、しっかりと伝えなければならない。

そんなことを、ふと思ったら、久しぶりに武者震いが出た。

 

(店主YUZOO 

 

7月 1, 2019 海外仕入れ店主のつぶやき | | コメント (0)