2012年1月25日 (水)

マトリョーシカの国2012のDM

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このブログでも度々ご案内している

『マトリョーシカの国2012』展のDMがようやくできました。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

期間 2月8日(水)~2月12日(日) 12:00~19:00

 

第2回目と同じく、木の香の展示は別館「百想」になります。

〒180-0004

武蔵野市吉祥寺本町3-12-9 潤マンション103

 

※中道商店街を5分ほど歩いた左側。

 1階がPoolという文具雑貨のお店になります。

 2階のマトリョーシカの国旗が目印です。

 

また日本の作家を中心とした展示はre:tail本館になります。

〒180-0004

武蔵野市吉祥寺本町3-3-9   2F

※総勢70名以上の作家・クリエーターが参加するそうです。

  これだけのマトリョーシカが集合することはないと思います。

  圧巻ですね。

※土日13:00~マトリョーシカ・ワークショップを行います。

   予約制になっていますので、

 下記の問合せフォームでご連絡ください。

 またDMをご希望の方も下記のフォームでお願いします。

https://kinoka.woodburning.jp/contact/

★★★★★★★★★★★★★★★★★★

とにかく開催期間は雪や雨が降らないことを願っています。

去年も雪が降って寒かったし。

とは言ってもロシアの寒さに比べたら春先みたいなものか・・・。

 

(店主YUZO)

1月 25, 2012 展示会情報 | | コメント (2)

2012年1月23日 (月)

可愛いはつくれる!?

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以前、化粧品のCMで「可愛いはつくれる!」という

コピーを聞いて愕然としたことがあった。

同じようにテレビを見たまま凍りついた男性諸氏も多かったと思う。

可愛いの定義は、先天的および遺伝的なものに内包していて、

フィットネスやジム、美容エステに通っても、

その努力は肉体的なものを追及した別次元、

可愛いは持って生まれついた者だけに、そう簡単には

手に入れることはできないはずと信じていたからだ。

 

それが化粧ひとつで、文字どおり可愛く変身してしまうのである。

もしくは化けてしまうのである。

 

可愛いが一部の人だけの特権であったものが、

あのCMで一般に解放された歴史的瞬間だったのだ。

まさに可愛いの革命。

 

以後、可愛いという言葉は特別な意味を持たなくなり、

ゲームのキャラクター、携帯電話の着信音、先の丸い靴にまで、

可愛いが使われるようになったと結論づけるのは言い過ぎか。

 

さて何故、可愛いについて考えたのかというと、

今マトリョーシカ制作の真っ只中。

可愛いマトリョーシカは何ぞやという疑問が沸いたからである。

 

だいたい初めてマトリョーシカを見る人は、

十中八九、見るやいなや「可愛い!」を連発する。

それが作家もの、工場ものでも、絵が稚拙、芸術的でも、

そんなことはまったく気にしている様子はない。

 

つまりマトリョーシカ=可愛いという回路に繋がっているのだ。

可愛くつくることを意図していない作品にまで、

可愛いの一言で片付けてしまうのだから、

それではつくる側としては少し淋しい。

 

そこで逆転の発想で、自分なりの定義する可愛いは何かと

試行錯誤してつくったのが上の写真である。

一般的に可愛いと呼ばれるものは単純化されている。

キティーちゃん然り、ミッフィー然り、チェブラーシカ然り。

単純なものほど、目や口の位置、大きさや角度で

全然印象が変わってしまう。

ほんの1mm違うだで大人の顔になってしまうのである。

 

究極の可愛いは、単純化されたもの。

今回は名だたるキャラクターのデザインの深さに眩暈を感じた次第。

 

そのうち化粧品のCMで「可愛いはシンプル!」という

コピーが発せられるかもしれない。

 

(店主YUZO)

1月 23, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年1月19日 (木)

橋本洋美さんの作品を紹介します

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知り合いのイラストレーターの橋本洋美さんから

作品展の案内をいただきました。

紀伊國屋書店新宿南店6Fで
「YOUNG ARTIST'BOOKS FAIR」 に
手づくりの絵本を何点か出品されているそうです。
 
 
 
橋本さんとは昨年企画した
震災チャリティー展「ささえあうものをつくる手」に 
協力いただいてからのお付き合いです。
 
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ブルーとグリーンを基調にした幻想的な作品は、
どこか懐かしい、心穏かにしてくれる素敵なイラストです。
 
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橋本さんのHPは下記になります。
ここで紹介した作品以外も素敵な作品がたくさん載っています。
 
ぜひ新宿に遊びに行った際は、
紀伊国屋に寄られてはいかがでしょうか。
心癒されますよ~
(店主YUZO)

1月 19, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2012年1月18日 (水)

テスト前日とマトリョーシカ

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吉祥寺のマトリョーシカ展まで3週間を切った。

 

企画しているギャラリー・リテイルのHPにも

展示会の詳細が告知され、

参加する作家、クリエーターのリストが載り、

もう春はそこまでという気分を演出。

また産休のしましましゃからも、子育ての合間に頑張って

作っていますとメールが入り否が応にも盛り上がる。

(下記は展示会の詳細頁)

 http://thetail.jp/archives/7692

 

しかし私自身は作品作りが進んでいないのが実情で、

昨晩も風邪を完治していないと理由をつけて、

古いブルースを聴きながら炬燵で温くなって、

「体調が優れないと良い物つくれないし、明日からが本番!」

と炬燵蒲団の合間から首から出して嘯いている。

 

ああ、一夜漬け人間の典型的な言い訳。

 

女性が男性を傷つけずにフルときの言う

「そんな風に考えても見なかった。今まで通り友達としてならば」

と同じぐらいミミタコの常套句である。

 

思えば学生時代も

テスト前日になってから机に向かうのが常習で、

一点集中でヤマを貼りテストに挑む、オール・オア・ナッシング、

天国か地獄、王様か乞食、猿か蟹、

謂わば賭博師的な取組姿勢。

つねに補習とは背中合わせの学生生活だった。

 

雀百まで踊り忘れず。

 

筋金入りの一夜漬け魂が展示会が迫ったぐらいで揺らぐわけがない。

それにマトリョーシカ展には怖い補習がないからね。

百まで踊るよ雀の私は。

 

とは言うものの、木の香の常連さんから、

有給休暇をとってでも必ず行きます、

モスクワから帰国するので楽しみにしています、

風邪をひいているのに作品つくり頑張っていますね

と激励や応援メールが入ると、

このぐうたら精神に喝を入れて、日常に浮かれず動じず、

作品つくりに注力しなければと思う次第。

 

上の写真は今日完成したマグネットが6個。

可愛く描けないのが私らしい。

しかし私は他人から褒めて伸びる人間である(笑)

(店主YUZO)

1月 18, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2012年1月16日 (月)

風邪をひいたマトリョーシカ

  

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年明け早々に風邪をひいたみたいで、すこぶる調子が悪い。

来月にマトリョーシカ展を控えて、最後の追い込みだというのに、

この体たらくには困ったものである。

 

この休日は床に臥しながらも、時折食卓に向かい

マトリョーシカの色付け作業。

ちなみに私には工房など無いゆえ、食卓が作業場を兼任。

根をつめて少々疲れが出てきたと身体が訴えてきたら、

床に戻るの繰り返し。

 

自分が著名な工芸家であれば、このような態度は

妥協をゆるさぬ創作意欲に写って、聞こえが良いが、

実際はマトリョーシカ制作に生活がかかっていない、

名声を得ているわけでもない、謂わば道楽そのもの。

床を出たり入ったりする様は、干潟に住む蟹のようで、

呑気の極みである。

 

何ゆえ風邪をひいてしまったのだろうと、

思いを巡らしているうちに、

ふと流行した風邪の名前に、スペイン風邪、

香港型、ソ連型があったのを思い出した。

 

当然、自分が罹っているのはソ連型と勝手に決めつけ、

パソコンで調べてみた。

ソ連型が流行したのは1977年から1978年の1年。

今から30年以上も昔の話である。

しかも世界的に広まったのではなく、

ソビエトだけの局地的な流行だったらしい。

原因はソビエトの研究所で保管されていたウィルスが、

何らかのかたちで外に流出したという見方もあるとしか、

書かれていない。

後にも先にも、それのみ。

情報統制を敷かれた国家体制ゆえ、不明な点が多すぎて

詳細な内容を書くための資料が少ないのだろうか。

 

症状、処方箋、ウィルスの潜伏期間について知りたいのに、

足の小指に蚊が刺したようで、むず痒くて口惜しい。

 

ということで自分はソ連型の風邪に侵されていると信じて、

咳き込み胸をおさえながら、雛のマトリョーシカを完成させた。

病に罹っていると極楽浄土のごとく、

色彩がきらびやかになるのは偶然か。

この極彩色が今の私には心地よい。

(店主YUZO)

1月 16, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年1月10日 (火)

マトリョーシカ展IN吉祥寺のお知らせ

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10日ぶりのご無沙汰です。

本年もよろしくお願いします。

 

皆様、年末年始はいかがお過ごしでしょうか。

私といえば、大晦日から正月2日までは

酒、酒、酒三昧、しかもバラ無しの日々。

 

日本酒は一升、ワイン1本、焼酎ハーフ、ビール無限大

という酒天童子に憑かれたのかと思うほど、

よくもそこまで、天晴れという感じで飲みました。

これだけ消費すれば日本の景気も良くなるでしょうと、

酒天王と杯を交わし、嘯きながら。

 

しかし私の飲酒には習慣性はないので3日からは断酒。

マトリョーシカつくりに注力!

職人気質の風貌になって昼夜、

マトリョーシカつくりに精魂をこめたのでした。

 

というのも、2月8日~2月12日の5日間。

恒例となった吉祥寺のギャラリー・リテイルで、

マトリョーシカ展が開催されるために、

作品をつくらなくてはいけなくなったのがその理由。

 

ロシアのマトリョーシカを展示するのは当然として、

日本人の作品も展示するのが、この展示会の特長。

しかも去年は1000人近くのお客様の来場があり、

今年はそれを越えるとの予想。

「木の香」が厚意にしている作家にも

お声掛けしているのですが、

それだけでは作品が埋まりません。

といわけで作品つくりと相成ったわけです。

 

上の写真はウッドバーニングした雛のマトリョーシカ。

これからカラフルに色塗りします。

どんな作品になるのかはお楽しみに!!

 

展示会の簡単な内容については、

下記のHPになります。

http://thetail.jp/archives/5408

 

ということで、今年の私は一味違いますよ(笑)

(店主YUZO)

1月 10, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2011年12月30日 (金)

山之口獏「定本山之口獏詩集」

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2011年も残すところあと2日。

今年もいろいろな出来事がありましたと締めくくるのも

簡単だが、今年ばかりそうは済まされない。

 

震災が安全神話を根本から薙ぎ倒しただけでなく、

誤報、無責任、保身、虚偽、饒舌、二枚舌が

連日繰り返されて、

どんよりとした憂いに胃のあたりが苛まれたかと思うと、

奇跡、復興、友情、連帯、絆、信念に

ふと息のつまった胸をなでおろすという1年であった。

この震災を境にして、情報を鵜呑みすることはなくなり、

価値観の転換を余儀なくされたといっても過言ではない。

 

このような地獄絵図に目を瞠らした以上、

自然もしくは地球を人智、科学、技術でコントロール

できると過信していたことに猛省すべきで、

さらなる巨費を投じてバベルの塔のごとき防波堤や

原子力発電所を建てたとしても、

それを嘲笑うかのように、自然は想像を絶する力で、

または百年千年という長い時間をかけて、

それを破壊し瓦礫に変えてしまうだろう。

 

生活に快適をもたらしてきた原子力には、

一旦暴れ出したたら止めることができない怪物の顔が

安全という覆面の下にあることを厭というほど思い知らされた。

そもそも快適な暮らしとは何ぞやと立ち止まってみることを

迫られのが今年なのかもしれない。

 

山之口獏という詩人がいる。

沖縄に生まれたその人は、戦争を憎み、原爆や水爆実験を

繰り返す国家の愚かさを憂いたが、

ただその飄々とした語り口はユーモアと風刺が、

ほどよくブレンドされて思わず微笑まずにはいらない。

日本には類をみない稀有の詩人である。

また貧乏生活で金策に窮していた生涯でもあったが、

敢えてそのような生活を望んでいた節もあって、

それが生活臭と人間臭を帯びていて、

実に良い味をだしている。

 

「座蒲団」と題した代表的な詩を紹介。

 

座蒲団

土の上には床がある

床の上には畳がある

畳の上にあるのが座蒲団でその上にあるのが楽といふ

楽の上にはなんにもないのであらうか

どうぞおしきなさいとすすめられて

楽に坐ったさびしさよ

土の世界をはるかにみおろしているやうに

住み馴れぬ世界がさびしいよ

 

もし詩人が現代を生きていたら、

今回の震災の一部始終を

どのような言葉で語ってくれただろうか。

(店主YUZO) 

12月 30, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月28日 (水)

米原万里「ヒトのオスは飼わないの?」

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先回はペットの話をしたが、今回はその続き。

我が家は狭苦しいマンション住まいなので、

原則的に犬猫を飼うのは禁止。

飼うことができるのは昼夜吼えたりしない、

徘徊をしない動物だけに限られる。

そのため我が家のペットはナマズの仲間みたいな魚と

娘が小さい頃に飼いたいとねだったミニウサギだけである。

 

どこの家庭でも見られるように、

泣くまでして飼いたいとせがんだミニウサギは、

いつの間にか妻が飼育係となり、魚の世話は私が担当に。

かれこれ10年近くが過ぎようとしている。

 

この風変わりな魚を飼う羽目になったのも、

娘と川遊びに行ったときの話しで、

5ミリ程度のおたまじゃくしに似た生き物を網で掬った途端、

「これ何になるんだろ?飼いたい!飼いたい!」

と娘が騒ぎ立てたおかげである。

娘の熱しやすく冷めやすい銅鍋のような性格は熟知していたので、

綺麗な水で飼わないと死んじゃうから無理だよと

何とか思い留まらせようとしたものの、一向に引く気配がない。

最後はこちらが根負けをして持ち帰ることになってしまった。

 

小指の先ほどの身体つきなのに食欲は旺盛で、

自分の背丈ほどある糸ミミズを何匹も平らげ、

一年もしないうちに、今の15センチぐらいまで成長した。

こうなると立派な成魚というより、いっぱしのオヤジ魚となって、

水槽の底でゆうゆうと暮らしている。

横に広がった口は笑っているようにも見え、ニタリと名づけた。

 

ペットというのは飼い主に似てくるといわれるが、

ニタリも同様で、食事以外は横ばいになり、

さらに進むと一瞬死んだと思うぐらいに

腹を天に仰いで高鼾と洒落込んでいる。

 

仕事に疲れて帰り、ぼんやりとニタリを眺めていると、

そんなに忙しく働かなくてもいいんじゃないの?

と言われているようで、その寝姿に癒される。

 

さて遅れてしまったが本の紹介。

この本は、著者が捨てられた犬猫を拾ってきては

家族一員になっていくのをユーモアを交えて描かれている

心温まる作品。

古参の猫たちが新顔の犬を受け入れるまでの話や

モスクワの街頭で売られていたブルー・ペルシャに

一目惚れした話など、

波乱万丈の生活ぶりが、何とも微笑ましい。

 

とくに傑作だったのは全ロシア愛猫家協会会長の話。

ネコ語が話すと自負する会長は、猫たちと世間話をしては、

過去の出来事を次々と言い当てる。

驚きを隠せない著者にネコ語は万国共通なのだと告げる。

猫たちに国境も国籍もないという驚愕の事実。

だから猫は無益な争いは好まないかもしれない。

(店主YUZO)

12月 28, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月26日 (月)

町田康「猫にかまけて」

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動物愛護法が改正されるそうである。

私はそれについては全くの無知で、

友人のメールで知らされた。

 

論点となっているのは、ブランド犬猫を量産するため

劣悪な環境で、産めや増やせやと、

飼育している悪徳繁殖業者の取り締まり、

インターネットや店舗を持たないペット販売の規制、

夜間販売の禁止、実験動物や畜産動物についてなど

多岐に渡って議論が交わされているそうだ。

 

改正の元となっているのは、年間約28万匹の犬猫が、

飼い主からの依頼や飼育放棄、

捨てられたり野良化したものが処分されているという現実。

しかもそれら捨てられた動物たちは、

飼い主に飼育放棄された心の傷が癒える前に、

狭い部屋に閉じ込められて、

怯えながら恐怖心だけ残して死んでいく。

 

まったく無知とは恐ろしいもので、ペットを飼うと決めた以上、

そのの愛犬なり愛猫なりが死ぬまで面倒をみるのが、

最低限の心得だと思っていたし、これほど夥しい数の動物が、

飼い主の身勝手な理由で殺されているとは、

事実を知って呆然としたまま

開いた口が塞がらない状態である。

 

この本は、今飼っているペットを処分しようかと

悩んでいる人に読んでもらいたいので紹介します。

 

著者と22年間、連れ添った愛猫ココアがおとろえから、

だんだんと食事もミルクも摂らなくなり、

日を追う毎に衰弱していく。

もう死は扉の前まで来ている。

もしかすると奇跡が起こり昔のような元気な姿に戻るのではと

無償の愛を注いで、献身的に介護をする姿が痛ましく、

涙なしでは読み進めることができない。

楽しいことも悲しいことも共に過ごしてきたのだから、

ココアの最後は後悔することだけははたくないと、

全身全霊でもって尽くすのである。

 

しかし自然の摂理には抗えない。

ココアは空へと旅立ってしまう。

 

放心状態のなか著者は、こう記している。

「もっとも辛いのはココアがいなくなっても普通の日々が続いているということだ。

今日も部屋に日が差し込んで、新聞が届けられ、私は仕事に出掛ける。ココアがいなくなってもココアがいたときと同じように毎日が続いていく。」

 

あなたにも、この絶望的な喪失感を、

今捨てようとしているペットに対して持っていたとしたら、

いかなる理由があろうとも留まるべきだと思います。

(店主YUZO)

12月 26, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月24日 (土)

クリスマスはソウルを聴きながら・PART4

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いよいよクリスマス・イヴ。

クリスマスに聴きたいソウル・アルバムも最終章。

 

今まで紹介したのは男女間における愛をテーマにしたものばかり。

本当のところ、神の御加護に近い広い意味での愛、

家族愛、人類愛、無償の愛、

さらには地球上で生を営んでいるものに対しての愛でなければ、

クリスマスが意味する愛の高みには至らないのだと思います。

 

数多くのソウル・アルバムのなかで、

その高みに到達した作品は、残念ながらそう多くありません。

もっと他のジャンルにおいても同じですが。

その中で壮大なスケールでサウンドを構築し愛を表現しして、

聴く者すべてに幸せを与えてくれるアルバムといえば、

マーヴィン・ゲイの『What’s going on』

と音楽好きならば誰もが認めるところでしょう。

 

宇宙の谷間から湧き出ているかのような浮遊感のあるストリングス

新しい時代の夜明けを告げるようなパーカッションの響き、

今までには無い手法を施したアレンジは、

ソウルというカテゴリーに収まれきらない雄大さを感じます。

その宇宙規模のサウンドの上を、

セクシャルで優しいマーヴィンの歌声が乗るわけですから、

聴く者が至福の愛に満たされるのは当然の成り行き。

 

歌われているメッセージは、

ベトナム反戦、黒人公民権運動への同胞への呼びかけ、

環境問題、信仰心についてと、

当時の時代を色濃く反映しています。

ただマーヴィンの歌声は

それらのいつの世も人類が抱える問題を

普遍的なもの変える力があり、慈愛に満ちた表現は、

まるで愛の力を説く宣教師の説教のようにさえ感じます。

このアルバムを「愛の聖書」と名づけても

何ら違和感がありません。

 

今年のクリスマスはテレビを見ないで、

静かに音楽に耳を傾けることをお勧めします。

大切な家族と、親しい友達と、最愛の恋人と、

無事にクリスマスを過ごせることを感謝するために。

また震災でかけがえのない人を失ってしまった人々と

ともに鎮魂のために。

 

すでに天国に召されたマーヴィンですが、

人々が忘れがちな愛について考える機会を与えるため、

日常の何気ない出来事にも愛があることを

気づかせるために、

このアルバムをつくったのだと思います。

Happy Christmas!!

(店主YUZO)

12月 24, 2011 CDレビュー | | コメント (2)