2018年2月16日 (金)

第37回 耳に良く効く処方箋




メリー・クレイトン『ギミー・シェルター』(オード)

メリー・クレイトンと聞いて、すぐに誰だかわかる人は、ストーンズ・ファンに違いないと思うけど、というより『レット・イット・ブリード』で、このアルバムのタイトル曲で、ミックとのデュエットが印象的なシンガー。
「ギミー・シェルター」も彼女の歌声が無ければ、あの時代の張り詰めた空気感を表した名曲にならなかったかもしれない。


とにかくゴスペル仕込みのパワフルな歌声を聴かせる女性である。
経歴を見ると、小さい頃は教会で歌い、ティーンエイジャーになるとレイ・チャールズのバックコーラス隊、レイレッツのメンバーとして活躍、その血統書良さに納得のいくところ。


そのサラブレッドのレコーディングに、デヴィッド・T・ウォーカー、ビリー・プレストン、ジョー・サンプル、ポール・ハンフリーなど、超腕利きミュージシャンが集うのだから、羨ましい限り。
これで凡庸なアルバムしか創れなかったというのなら、全てプロデューサーの責任ということになる。


収録されている曲は、表題曲の他に、「明日に架ける橋」、ジェームス・テイラー「カントリー・ロード」、映画『ヘアー』の挿入歌「アイヴ・ガット・ライフ』、ヴァン・モリソン「グラッド・ティディングス」など、このアルバムが発表された1970年頃にヒットしていたり、注目されていた曲が中心になっている。
歌の上手い歌手と名うてのミュージシャンがヒット曲を演れば、良いものが出来て当然なのだが、何故かポピュラー史に名盤としてが残ることがなかった。




何故だろうか。
その原因を考察してみると、このアルバムが発表された時代背景があるのではないかと思う。


折しも、この時代に圧倒的な支持を得たのは、キャロル・キングやジェームス・テイラーといったシンガーソングライター。
もしくはニュー・ソウルと台頭と呼ばれたマーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、ロバータ・フラッグという面々。
歌の上手さが求められるよりも、内省的で淋しい心を癒してくれる歌であり、力強い歌声が求められたのは、60年代後半の政治の季節に同調した頃で、このアルバムの手法は、少し古く聴衆の心を捉えることができなかったのではないか。


私論であるが、1969年と1970年以降では、わずかその1年には精神を左右する大河が流れていて、誤解を恐れずに言うならば、カウンターカルチャー的な高揚感が潮が引くように消え、私的な出来事や問題を考える方が重視されるようになった。
オルタモントの悲劇が原因だという評論もあるが、本当のところ、この1年の間に人々の心に何があったのか知る由もない。


ただメリー・クレイトンという歌手が才能ないと言っているわけではない。
繊細な表現に欠けるものの、非凡な歌手であり、このアルバムが発表されて50年近く経った現在の耳には、そのタイトなバックと併せて、レア・グルーヴの視点から再評価されるべきだろう。


このアルバムがカウンターカルチャー全盛期に発表されていたら、メリー・クレイトンは歌う女戦士という肩書きが付いていたのかもしれない。
歌は世につれ世は歌につれとは、良く言ったものである。


(店主YUZOO)

2月 16, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月15日 (木)

君はサマゴーンを呑んだことがあるか





今回は酒の話を少しばかり。
ロシアを代表する酒はウォッカなのは周知の事実なのだが、そのなかでも絶大なる支持を得ているのがサマゴーンである。
サマゴーン。
端的に言えば、自家製ウォッカの名称である。
その製造方法は百者百様であり、代々受け継がれた秘伝の製法があり、奥深い一家言があり、この世で最高のサマゴーンを製造できるのは我が家だけという自負がある。
たぶんロシアの酒造会社が生産する数量よりも、サマゴーンの方が更に上をいっているのではないか。


モスクワやサンクトペテルブルクといった都会では、私たちがよく眼にする酒造会社のウォッカが幅を利かしているが、マトリョーシカを製作しているような片田舎では、圧倒的にサマゴーンが王座の地位を占めている。
それはワインやウィスキーの瓶をリサイクルしたものに入れられているので、ラベルはナポレオンでありカミュであり、ボジョレーヌーヴォーの顔つきをしていて、宴のテーブルに鎮座しているのだ。
今宵、家主は張り込んだなと目を細めたら大間違い。
一気に煽ると、その目を白黒させることになる。


というのも、ほとんどの市販のウォッカはアルコール度数が40%だが、自家製だけに伝統的な手順をついて完成したものが、我が家の濃度となる。
つまり家主しか知らない。もしくは家主さえも詳しい濃度についてわからないのが、実はほとんどである。
その純粋なアルコールに、キノコや白樺、香草などで香り付けをして、我が家流のサマゴーンが完成する。




以前、パーティで意気投合したアゼルバイジャン出身のゲーナさんが、友好の証として秘蔵のサマゴーンを、わざわざ家まで取りに戻ってくれて振舞ってくれたことがある。
「友達になった祝いに乾杯!」
とそのサマゴーンをショットで二杯呑んだ瞬間、私の身体から骨身が抜けて、一枚の紙切れとなって、テーブルの下に滑り落ちていった。
のちに周りの人々の証言を聞くと、風に揺られた木の葉が枝から舞い落ちるようだったという。
それなりに酒の強さを自負している私だが、わずかショット二杯で沈没したのは、初めての経験だった。


乾杯前にゲーナさんが訊いたところ、香り付けはキノコと言っていたが、今思うにアチラの世界へ誘うマッシュルームなのではと踏んでいる。
あの身体が紙切れ一枚のようになった時の心地良さは、雲の上を歩いているような感覚。
後にも先にも、あのような感覚を味わったことはない。


しかしサマゴーンを振舞ってくれるのは、テーブルに所狭しい並べられる手づくり料理と同様に、遠く日本から会いに来てくれた感謝と歓迎の表れである。
その気持ちが、心に染み渡る。
そしてサマゴーンを酌み交わしながら、談話をしたり、歌を唄ったり、久しぶりの邂逅を愉しむのだ。


その時、家主から「今年のサマゴーンは上手く出来たよ」と耳打ちされると、何故かドキッとする。
だいたい気負い過ぎて、アルコール度数が高くなっているのが、常だからである。


ぜひロシアの家庭に呼ばれた時は、サマゴーンに挑戦してはいかがか。
ロシアと酒に対する認識が変わりますゾ。

(店主YUZOO)

2月 15, 2018 ロシア語, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月14日 (水)

第36回 耳に良く効く処方箋




ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、ボ・ディドリー『スーパー・スーパー・ブルース・バンド』(チェス)

レコード会社というのは、経営難になると突飛もない企画をして、再生を図るものである。
50年代、飛ぶ鳥を落とす勢いだったチェス・レコードも、このアルバムが録音された1967年頃には、ヒット曲も無く、かと言って期待の新星も見当たらず、完全に経営が行き詰まりの状態。
社主レーナード・チェスも、ここは奮起と斬新な企画を熟考に熟考を重ねる。
もしかしてブルース界の帝王が一堂に会してにレコーディングに臨んだら、想像を超えた化学反応が起こるのではというアイデアを元に製作されたのが、このアルバムである。


このアイデアを例えるならば、北島三郎と勝新太郎のショーに、トニー谷が乱入したようなもの。
ただでさえ我の強いブルースマンなのに、シカゴ・ブルースの大御所に鎮座するハウリンとマディの二人に、変わり者のボが割り込んでくる図式。
最初から新時代のブルースを創り上げようという意気込みはない。
存在するのは俺様がブルース界の一番だ、顔役だという自我の対立のみ。
譲り合いの精神など初めからない。


しかし予定調和に小さくまとまったアルバムよりも、この自我のぶつかり合いが、意外に病みつきになるもので、この三人の心境を想像しながら聴くのが面白い。
トニー谷的立場のボは、完全におちゃらけていて、クッキー・ヴィという女性コーラスと一緒に奇声をあげたり、トレモロを効かせた銭湯のようなチャプチャプ音のギターを弾いたり、やりたい放題。




頑固オヤジのハウリンは、当然そんなトニー谷的ボを快く思うわけもなく、ボの持ち歌になると、明らかに馬鹿にした態度で、浪花節的な唸り声をあげて、曲をぶち壊そうとする。
その様子を見ながら苛立ったのか、完全に主役を取られると焦ったのか、マディは他人が気持ち良く歌っている途中でも、強引にリードを取ろうとする。


とっくに不惑の年など超えた大御所が、臆面もなく自我とブルース魂を放出していることに、美しささえ感じてしまうのだ。
今の言葉で言うならば、空気の読めないオヤジ連中と揶揄されるかもしれない。
若い奴の自我の強さは青臭いが、一本筋の通ったオヤジのそれは、生き様という以外に何と言おうか。


このブレない人生を突き進む美しさ。
小さく人生をまとめてしまっては、何も語ることができなくなるぜと諭されているようである。

(店主YUZOO)

2月 14, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月13日 (火)

オリンピックが始まる、オヤジの小言が多くなる







平昌オリンピックが始まった。
世界が集うスポーツの祭典という表の顔が半分、期間限定のエンターテイメント・テーマパークという裏の顔が半分という気がしてならない。
巨額な資金が注ぎ込まれるため、建築物やデザインの受注を取るに、政官界が影で動き、黒幕が暗躍し、権力者が微笑むという公式を軸に、密約、策略、裏工作、接待、談合などが図られ、この晴れの舞台が出来上がっているのだろう。


右手で握手して、左手で札束を数えている図式。
平昌オリンピックを批判しているのではない。
東京オリンピックのエンブレムや会場設営のゴタゴタを見て、そう感じるようになっただけである。

擦れ枯らしのオヤジは、何事にも純粋に煌めく眼差しを注ぐことができず、常に斜から批判的に見てしまう癖が、習慣づいてしまっている。
札幌オリンピックで感動した純心は、とうに失ってしまっているのだ。
もしくは心の奥底に、何重にも鍵がかかった小部屋に、ひっそりと仕舞われていて、なかなか人目に触れることはなくなった。
年を重ねて様々なことを経験するとは、何かを失うことでもある。哀呼。


炬燵でゴロ寝してテレビを眺めていたら、冬季オリンピックでは過去最高の92の国と地域が参加とアナウンスされ、つい身を乗り出して画面を見入った。
クロアチア、スロベニア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルセゴビア、マケドニアは元はユーゴスラビア連邦だった国々。
ジョージア、モルドバ、アゼルバイジャン、ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン、バルト三国などの国々も元ソビエト連邦。
自国の旗を振りながら嬉々として入場する姿に、目頭が熱くなったり、細い目を瞠ったりと、忙しい。


1991年にソビエト連邦崩壊後、それぞれの地域が独立した結果であって、過去最高の出場数と言われても、その歴史的背景を考えると素直に喜べない。
ユーゴスラビア連邦はNATO軍の大規模な空爆が分裂に一役買ったわけだし、ソビエト連邦崩壊後に堰を切ったようように各国が独立に動いたのは、モスクワを中枢とした政治体制が原因であるのは周知のとおり。
さらにジョージアは、ロシア語読みだったグルジアという名前を英語読みに変更してまで、ロシア的なるものから離れようとしている。




イスラエルは豊富な資金で選手団を送り出すことができるけど、パレスチナの人々にとっては、オリンピックは遠い星で開催される祭典なんだろうぐらいしか思っていないのだろう。
また開会式入場のハイライトだった北朝鮮と韓国合同の選手団は、国民の切なる願いというよりも、政治的な思惑が働いたとしか見えない。
オリンピックは、世界が平和にひとつになるという精神に基づいているというが、そんな絵空事で括れないと、暗澹たる気分になってしまう。
国家とはなんぞや。平和とはなんぞや。


擦れ枯らしのオヤジは画面に向かって小言を繰り返す。
聖火台が点火されると、快呼と拍手を送る。
トンガの選手の肉体美にも、快呼と拍手を送る。
マイナス2度の極寒の世界で、あの筋骨隆々とした肉体を観客に見せつけるのは、ある意味、確信犯的な犯罪である。


呆れた家族は夕飯が終わると、そそくさと自分の部屋へと退散。
居間に残されたのは、擦れ枯らしのオヤジが独り。咳しても一人。
今日は休肝日と決めていたから、酒を呑みながら愚痴をこぼさないだけマシだと、独りごちになりながら番茶を啜る。


何だかんだ小言を嘯きながらも、一番オリンピックを愉しんでいるのだ。
しかし世界が平和にひとつになる以前に、家族がそのうち独立宣言をしそうな気配である。哀呼。

(店主YUZOO)

2月 13, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月10日 (土)

第35回 耳に良く効く処方箋




村八分『草臥れて』(ゲイターワブル)

この音源が発見されてCD化されとき、大きな話題になった。
何しろ村八分は、ライヴ盤1枚のみ発表して解散してしまった伝説のバンドであり、日本のロック黎明期において、はっぴいえんどと同じく、重要な位置にある。
そのバンドのスタジオ音源が存在したことに、驚きで眼の玉がぐるりぐるりと廻ったのを、昨日のことように覚えている。


ただスタジオ録音といっても、ミックスダウンが施され、各パートのバランスを均等にした、いわゆる完成された音源ではない。
ライヴ前のリハーサルのような一発録り。
このバンドの生々しい音がダイレクトに伝わってくるだけに、このラフミックスは、伝説をさらに雲の上へと昇らせる迫力がある。


ボーカルのチャーボーの独特の歌唱と山口冨士夫のブルージーで歯切れの良いギターが素晴らしい。
そして何よりも歌われている世界観が、デカダンス、アウトロー、ニヒリズム、ダダイズムに酔っているような、もしくは怠惰、堕落、無頼、厭世を宣言しているような、他者を拒絶した詩の世界をつくりあげている。
この「操り人形」の歌詞は、徹底したニヒリズムが歌われているが、チャーボーの描く世界は絶望のなかに純粋が潜んでいると、私は思うのだが如何だろうか。


神(の子)を殺して
人の心に葬ってやった
人を殺すかのように
引き裂いてやった
流れる人混みを弄び
馬鹿な人間どもを操り人形のように
操ってやる 操ってやる


また最終トラックの「あッ!」では、こんな詩が歌われている。


俺は片輪、片輪者
心の綺麗な片輪者




ここでは片輪という言葉を、尊いものへと昇華させて、聴く者の精神に混沌と疑問を与える。
それは常識への問いかけかもしれない。
言葉というのは、ひとつだけの意味付けしかされないと、時代の価値観と共に風化してしまい消えていく運命にある。
解釈の多様性によって言葉は、時代の流れのなかを生き抜き、常に新鮮な響きをもって迎え入れられるのだ。
あえて差別用語として嫌み嫌う言葉を使って、このような美しい世界を創りあげることができるのだと、ロック的なカウンターカルチャーな挑戦なのである。


残念ながら、ロックがカウンターカルチャーの代名詞だった70年代は終わり、この系譜をひくバンドは無くなってしまったが。


村八分が伝説になったのは、活動期間が短く、アルバムを1枚しか残さなかったからではない。
このチャーボーが描く世界、それに応呼するように、蛇が這い回るような湿った山口冨士夫のギターが、ライヴを観た者を釘付けにして、心に反抗的精神が巣食ってしまったからだろう。
伝説は必然的に生まれたのだ。


(店主YUZOO)

2月 10, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 9日 (金)

酒呑みは如何にして鍛えられたか





齢五十を越えると、持病がないといけないようである。
最近、同期や同級生と呑みに行くと、最初に口をついて出るのは健康診断の結果で、ガンマーGDPや血糖値の数字について医者並みに詳しくなり、再検査の数を誇らしげに語り始める。
仕事や家族の話などの話題は、二の次になり、もちろん昔のような初々しい恋愛話など、俎上にすら上らない。


「糖尿病予備軍なんて言われちゃってさぁ。だから最近は日本酒を辞めて、ハイボールにしているんだよね」
「俺なんか痛風だから、ビールはタブーなの。あと鯖や鰯といった光り物もね。だから刺身盛りは鮭しか食べないよ」
「体脂肪率が30%を超えると、どうなるかわかる?寒さを感じないんだよ。ハハハ」


それならば酒を断てば良いのにと思うのだが、それは健康とは別の問題であって、呑む酒の種類を変えることで、簡単に解決できると考える。
酒呑みが厄介なのはこの思考回路があるからだろう。
根本的に酒は百薬の長と信じている節がある。




また朋友の話を聞いているうちに、健康な身体は、教会で懺悔しなければならないような罪深いことのように思えてくるのが、酒場の談義の不可思議さである。
そんな大酒呑みなのだから、身体の何処かに不調をきたしていないのは、酒の神バッカスか酒呑童子の子孫だと、半ば呆れられる。
当然、酒呑みは不摂生の権化みたいな存在ゆえ、絶対に肝臓なり膵臓なりが悲鳴をあげていなければ、正しい酒呑みではないと逆に非難されることになる。
酒は百薬の長であると右目で語り、大酒呑みは内臓に疾患がないといけないと左目で悟すわけである。


相反する事柄に整合性を持たせるのは、酒呑み独自の弁証法。
酔うか覚醒かの二次元で世界は成り立っていると考えている。
よく缶ビールや缶チューハイに、お酒は節度を持って飲みましょうと書いてあるが、あれはこの弁証法から遠く外れて、酔うために呑んでいるのに、何を戯れ言を掲げているのだという論理になる。


そこで三十年以上も酒と付き合っていると、ひとつの考えに至る。
記憶を失ったり、ヘラヘラと壁を見て笑い続けていたり、終電を乗り過ごしたり、いかがわしい店でボッタクられたりを繰り返しながらも、なぜ酒を辞めたと思わないのかと。
もちろん二日酔いの朝に布団の中で、酒辞めたと叫ぶことはある。
しかしそれは一過性のことであって、夕方には何事も無かったように振る舞ってしまう。




酒呑みは学習能力が低いことは否めないが、それ以上に好奇心が旺盛なのではと思う。
美酒、銘酒、希少酒、王道酒、珍酒、奇酒、変酒、稀酒など、目の前で酒瓶がちらつくと呑まずにはいられない。
どのような芳香が鼻腔をつき、ゴクッとした時の喉越しが辛いのか、苦いのか、水の如しなのか、そのあとに五臓六腑にどう染み渡るのかが、知りたくて居ても立ってもいられないのである。
そこには健康診断の結果は存在しない。


盃一杯であちらの世界に誘う強い酒だったとしても、その酒に出逢えたことに満足するだろうし、何本呑んでも酔いが回らないパンチの弱い酒であっても、それはそれで幸せな出逢いなのである。


今宵も朋友は、今度の土曜日が再検査なんだと愚痴を言いながら、初めて耳にする銘柄を嬉々として注文している。
明日は明日の風が吹く。


(店主YUZOO)

2月 9, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 8日 (木)

第34回 耳に良く効く処方箋




リック・ダンコ『リック・ダンコ』(アリスタ)


ザ・バンドが解散してから、メンバーそれぞれが発表するアルバムに、どこかザ・バンドの残り香を探そうとするのは、いけないことだろうか。
メンバーにとっては新しい船出にあたって、栄光の遺産ばかりを求められるのは、迷惑な話かもしれない。
過去はその名の通り過ぎ去った出来事。
現在の姿をその二つの目で見届けてくれという心境が、本音であろう。
過去に甘んじていては、懐メロ歌手として、ディナーショーを巡るような、昔の名前で出ています的な時代遅れのミュージシャンに成り下がってしまう。


リック・ダンコはザ・バンド解散後に、最初にソロ・アルバムを発表したのだが、その心境は過去との決別だったのかというと、そう言い切れないものがある。
メンバー全員が一堂に会する曲はないものの、全員が参加しているし、ザ・バンドのアルバムに収録されていてもおかしくない曲が、数多く散りばめられているからだ。
御多分に洩れず、私はザ・バンドのメンバーが参加している曲に、その残り香を求めてしまうのだが。




ガース・ハドソンが参加した「New mexicoe 」に、ロビー・ロバートソンの「Java blues 」に、リチャード・マニュエルの「Shake it 」に、リヴォン・ヘルムの「Once upon a time 」に。
当然のことながら、それらの曲にザ・バンドで見せてくれた独特の一体感が見て取れるし、こちらもつい眼を細めてしまう。
眼の横皺も多くなる。深くなる。


リックの意気揚々としたボーカルに癒されながらも、ふと判らなくなってしまった。
それならば何故ザ・バンドは解散してしまったのだろうか。
公には、ロビー・ロバートソンと他のメンバーとの確執が解散に至ったと言われているが、それならばソロ・アルバムを録音するにあたって、ロビーを呼ぶ必要はないだろう。
さらに他のメンバーが参加するのも得策ではない。
これからの自分の音楽人生を占う初のソロなのである。
過去との決別こそ最初に成すべきではないだろうか。


そこでリック・ダンコの心境を想像してみる。
もしかするとリックはザ・バンドの解散は手放しでは喜んでいなくて、もしくは後ろ髪を引かれる思いで合意したのではと。
少し休息をとってから、リフレッシュしたら昔のように楽しくやろうよ、まずは俺のソロ・アルバムで楽しく演ることから始めて。
そんな風に想像すると、このアルバムが俄然素敵な音に聴こえてくる。


ボビー・チャールズの「Small town talk 」なんて、少し皮肉の混じった曲を収録して、小さな街の噂話にすぎないよと歌うリック・ダンコ。心憎いね。

(店主YUZOO)

2月 8, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 7日 (水)

昭和オヤジ哀れ歌





来年には平成も終わり、新たな年号になるそうである。
そうなると昭和生まれはさらに化石と化して、若い世代とは会話が覚束なくなり、意思の疎通ができないままに、東西冷戦の如き断絶が起こる。
またモバイルを上手く使えない姿に、憐れみ混じりの飽きられ顔で見られることが、今以上に多くなるに違いない。
とにかく飲み会の席では「ここでドロンします」とか「メートルが上がってきた」など安易に口にしないこと。
さらには部下や後輩に無理に酒を勧めないことが、昭和の化石が長く生き長らえるコツである。


また昭和生まれが理想としていた男の生き方は、その価値観は180度変わったと考えた方がいい。
仕事一筋で必要最低限のことだけを話し、あとは黙して、目標を達成するまで根気強く打ち込んでいくという「男は黙ってサッポロビール」的な生き方は、現代では通じない。
今の価値観ならば、自分に合わない仕事ならば早々に辞めればいいし、コツコツとひとつのことをやり遂げるほど、時間はゆっくりとは進んでいないのである。


そんな時代の流れのなかで、昭和生まれのオヤジ達は、どう生き延びていかなければならないのか。
3年ほど前のことであるが、仕事でイラストレーターを学ばないといけなくなり、基礎の基礎を習いに行ったことがある。
全5回の講座で、丸を作ったなかに色を付けましょうとか、招待状に花のイラストを添えてみましょうといった類いの、熟練者から見れば微笑ましくなるような内容であった。
そんな小学生が嬉々としてできる講座なのに、最初の1時間で、早くも落ちこぼれ生徒に成り下がってしまったのだ。


まず専門用語がわからない。
間違った操作をした時に、元に戻すことができない。
集中力が持続しない。
画面を見続けていると眠気が襲う。等々。
異国に留学したような気分であった。




世間では四十の手習いなどと「中年よ、大志を抱け」的な格言があるけど、あまりにも専門的な分野だと、基礎知識が欠落しているために、その土俵の上にも上がれない。
せいぜい新しく何かを始めるとしたら、花の名前を覚えるとか、近所をジョギングをする、血圧を下げる薬を飲むのが、精一杯であろう。


もう自分ができる事だけを地道にやるしか、擦れっ枯らしのオヤジに残された生き方はないのである。
紅顔の美少年だった頃に、自分が寝る間も惜しんで熱中したことを思い出し、もう一度それに情熱を注ぐしかないのである。
たとえ出来ることが、このデジタル全盛の世の中、古臭いものだとしても、恥ずかしがらずつづければいい。


「まだ手紙を書いているのですか。メールで送れば楽なのに」
「車のナビだったら地図無くても平気ですよ」
「まだ写ルンですで写真撮っているんですか?」
そんな周囲の言葉に動揺してはいけない。
若い世代に白眼視されることなど当然のこととして受け止め、自分の意のままにやり遂げれば良い。
長年培ってきた経験値と好きこそ物の上手なれの精神は、あなただけの宝物である。


金曜日には疲れ切って電車を寝過ごしてしまう、昭和生まれの諸兄。
もう私たちの目の前には道はないが、振り返れば道は残っている。
君たちはどう生きるか。

(店主YUZOO)

2月 7, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 6日 (火)

第33回 耳に良く効く処方箋




ポール・バターフィールド・ベターデイズ『ライヴ・アット・ウィンダーランド・ボールルーム』(ベアーズヴィル)

この未発表ライヴが発売されると音楽雑誌に載った時の興奮は、今でも昨日のことのように覚えている。
ポール・バターフィールドのブルースハープの音色に、高校生の時にガツンと衝撃を受けて以来、その音を聴きたいが為に、いろいろとアルバムを漁ってきたが、その理想形としてベターデイズのファースト・アルバムがある。
そのベターデイズの未発表ライヴが出るのである。


好きな女の子から告白されたぐらいの興奮。
発売日が来るのを指折り数えるだけでは飽き足らず、もしかしてフライングで発売日前に売っている店はないかと、レコード屋を巡ったりした。
もちろん店頭に並んでいるわけがない。
早く聴きたいけど、その音源は手に入らないもどかしさ。
もしかすると著作権の関係で、発売中止になる憂き目に合うかもしれないのである。
こんな初々しい気持ちが、身体を包み込むのも久しぶりのことであった。


ようやく販売当日。
手に入れると、何処にも寄らずに一目散にステレオの前へ。
このベターデイズはエイモス・ギャレット、ロニー・バロン、ジェフ・マルダー、クリス・パーカー、ビリー・リッチと腕利きミュージシャンが集合しただけでなく、ソロで活躍できる程、自身のスタイルを完成した強者ばかり。
2枚のアルバムを発表しただけで解散したゆえに、残された音源は限られている。
ライヴとなるとどんな融合が起こるのか、想像すらつかないのだ。
しかもファースト・アルバムを発表して1ヶ月後の凱旋ライヴである。




オープニングの「Countryside 」で、いきなりポールの壮絶なブルースハープ・ソロで幕が開ける。
まるで蒸気機関車の汽笛。
こんな凄まじいブルースハープを聴いたことない。
新しい組んだバンドへの並々ならぬ心意気と入れ込みようが、その熱い息遣いからわかる。


そしてジャニス・ジョプリンの歌のない遺作「生きながらブルースに葬られ」とボビー・チャールズの傑作「Small town talk 」と続く。
リズムはタイトで、決してアンサンブルを崩すことなく手堅くグルーヴ感を紡ぎ出す。
その安定したリズムに載せて、エイモスのギターがツボを心得たソロやオブリガードを聴かせて、ロニーがニューオリンズ仕込みの転がるピアノを奏でる。
まさに至福のとき。


そしてファースト盤でも白眉のギターソロを聴かせてくれたパーシー・メイフィールドの名曲「Please send me someone to love 」に酔され、その興奮も醒めぬままに、再びポールが壮絶なブルースハープを聴かせる「He’s got all the whiskey 」へと雪崩れ込む。
この時点で蒸気機関は3両連結で、雪に埋もれた網走平野を爆走しているような、石炭が赤く煌々と燃え盛るような熱さ。
ポール・バターフィールドの凄まじいブルース魂が、溶岩となって吹き出している。


聴き終わって、じっとりと背中に汗をかくのは、このアルバムぐらいである。
全盛期のポールを止めることは誰もできない。
ぐっと冷え込んだ朝に、私はストーブ代わりにこのアルバムを聴く。
身体の芯から温まる。

(店主YUZOO)

2月 6, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 5日 (月)

第32回 耳に良く効く処方箋




マリア・マルダー『オールド・タイム・レディ』(リプライズ)


最近の休日は、古き良きアメリカ音楽の匂いがするアルバムばかり聴いている。
肩肘を張らずに、何も考えずぼんやりと聴いていられる音楽が、この季節は良いのである。
先日の皆既月食は美しかったとか、このまま雪は四月まで残ったりしてなどと、たいして重要でないことを徒然なるままに思い返しては、音楽に心を合わせているだけで、和んだ気持ちになる。


その中でマリア・マルダーは、この季節に相応しい歌姫である。
古き良きアメリカ音楽の最良の部分を、その細身の身体いっぱいに蓄えて、澄んだ歌声で聴かせてくれる。
しかもこのアルバムでサポートするのは、ドクター・ジョン、ジム・ケルトナー、ライ・クーダー、エイモス・ギャレット等々の同じく古き良きアメリカ音楽に精通した面々。
何が不満があるだろうか。


1曲目はライ・クーダーの軽快なギターのピンキングに合わせて、歌姫が歌い出す「Any old time 」。
スライド・ギターに聴こえるのは、ディビッド・リンドレーのハワイアン・ギター。
この曲でこのアルバムのコンセプトがわかるというもの。
そして永遠の名曲「Midnight at the oasis 」へと流れていく。


この名曲の聴きどころは、何と言ってもエイモス・ギャレットの流麗なギターソロ。
このエイモス、隣に住んでいるギター好きのお兄さんのような人懐こっさがあるのに、ギターを持つと繊細かつ知的なソロやバッキングを聴かせてくれる、ただならぬ人物なのである。




このアルバムが出た1970年代は、ドラマチックで激情的なギター・ソロが支持を得ていたのだが、それとは異なるアプローチ。
この曲と同じく、ベターデイズで聴かせてくれた「Please send me someone to love 」も名演で、併せて聴けば、エイモスのギターの虜になるのは請け合いである。


また何処を切っても金太郎飴的なドクター・ジョンのピアノが軽快に転がる「Don’t you feel my leg 」、
ダン・ヒックスばりのジャジーな小唄「Walking one & Only 」など、バックの演奏を聴きながら、歌姫の美声に心をときめかせる曲が、たくさん詰まっている。
最後のデザートまで妥協せず、丁寧に作られたアルバムである。


正月太りしたなと腹の肉をつまみ、ジョギングをしようと考えている諸兄の皆さま。
こんな寒い時に外に出るのは、抵抗力も落ちているだけに身体に悪い。
ここは春の訪れを思い浮かべながら、良い音楽を聴いて、まずはやさぐれた心をマリア・マルダーの歌声で治すことから始めようではないか。
冬来りなば春遠からじである。

(店主YUZOO)

2月 5, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)