2018年11月26日 (月)

第49回 紙の上をめぐる旅




開高健『日本人の遊び場』(光文社文庫)

今日は昭和30年代の日本への旅である。
昭和30年代といえば、神武景気、岩戸景気に国中が沸き立った時代。
もはや戦後ではないという名言まで飛び出て、欧米人並みの生活が夢ではなく、現実になると信じて疑わず、団塊の世代ならば、エネルギーに満ち溢れた日本をなつかしむ時代。
平成生まれの若者ならば、教科書では知っているけど少しマユツバに思える時代。
私が生まれたのは昭和30年代も終わりの頃だから、好景気に浮かれ、東京オリンピック、高度成長、所得倍増計画、巨人、大鵬、タマゴ焼きという言葉に実感はなく、爪に火をともすような、赤く貧しい生活しか思い出はない。


この好景気の締めくくりとなった1970年の大阪万博に、新幹線で出掛ける裕福な家庭など、40名のクラスの中でも1名いれば良い方だった。
すべての家庭が、狭いながらも楽しい我が家を、地でいく暮らしぶりだった。
その体験からいえば、平成生まれと同様、日本現代史に燦々と輝く右肩上がりの好景気に対して、ねっとりとしたツバをマユに塗りつけないわけにいかない。


この寝ても覚めても仕事に明け暮れ、給料袋を覗いては一喜一憂していた日本人たちは、どのように余暇を楽しみ、どんな行楽施設があったのだろうか。
しかも週休2日は皆無に等しく、日曜日のみが唯一の骨休めとなる労働環境である。




目次は、ボーリング、パチンコ、湘南海岸、浅草木馬館など、行楽地や遊戯場が13ヶ所が列挙してあるが、そのなかで瞠目すべきは、ほとんどが衰退したり、名称が変更になったりしながらも、現在もしぶとく生き残っていることである。
たとえば船橋ヘルスセンターは消えたが、スパリゾートハワイアンズが同様のコンセプトで継承しているし、各市町村にある健康ランドも、同形態を簡略化したものであろう。
軽井沢、湘南海岸、磐梯高原はリゾート地として人気は下がったものの、夏季休暇となれば、周辺道路は渋滞し、お父さんは眠い目をこすりながら、ハンドルを握っているはずである。


当時は存在しなかったが現在あるのは、東京ディズニーランドとユニバーサルスタジオぐらいではなかろうか。
それでさえ、この本に載っているテクニランド(鈴鹿サーキット、多摩テックなど)の発展型といえなくもない。
いや、ひとつだけあった。
今や世界共通語となったカラオケである。




結局のところ、日本人は遊び場を提供されなければ、自ら考えて遊ぶことができない人種なのだろうかと思ってしまう。
この本が50年が経っても、遊びの意識が進んだのは、3歩にも満たないのではないか。

〈“大国”の民の熱中する遊びが、こともあろうにパチンコだということは、どういうことだろうか。子供のハシカみたいな病気からいつまでも大人がなおれないでいるというようなことだろうか。いまの日本がよほど抑圧にみちているということたまろうか〉


著者は深く嘆息し、働きづくめの日本人の手を見つめて、こう歎く。
同感である。
高度に発達した資本主義経済では、浪費は美徳であり、停滞は悪である。
人気の場所や話題のスポットに群がり、そこに行ったことがステイタスとなる日本人の習性は、浪費させるには効率良く、ある程度の収支計算が見通せる。
従順でトロリとした眼をした、羊科の民族である。
心底から喜びに満ちた遊びとは、他から与えられるものではなく、自ら生み出すしかないと思うのだが。

(店主YUZOO)

11月 26, 2018 ブックレビュー, 国内仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月14日 (水)

第48回 紙の上を旅をする




高野秀行『怪魚ウモッカ格闘記』(集英社文庫)

今回も旅行記である。
前回、仕事のストレスがたまると、ついつい旅行記に手が伸びてしまうと書いたが、その心境において一番安らぎを与えてくれるのは、高野秀行の諸作になるだろう。
辺境ライターと名乗るだけあって、アマゾンやアフリカの奥地にUMA(未確認不思議生物)を探しに行ったり、アヘン栽培地に潜入したり、内戦が絶えないソマリアとその隣のソマリランドを行き来したりと、その行動力と発想は常軌を逸していて、むしろ清々しい。
この本もインドに棲息するというUMAウモッカを捕獲に悪戦苦闘する旅行記となる。


結論からすれば、ウモッカは捕獲できなかった。
もっとも、もしウモッカを捕獲していたら、世紀の大発見となって、マスコミを賑わしていただろうから、そんなニュースがなかった以上、本を読む前から「水戸黄門」のラストのように、お約束事としてわかっている。
それでも、はやる気持ちでページをめくってしまうのは、捕獲のための情報収集と計画遂行に対する並々ならぬ情熱が、ついこちらの指先まで熱くさせるのだろう。




著者は過去の旅もそうだが、自ら現地の言葉を取得することを信条としているゆえ、今回もオリヤー語を勉強するために奔走し、さらに最初にウモッカを目撃した人物に会い、当時の話を聞くどころか、ウモッカの最大の特徴であるトゲを持ったウロコの模型を製作してもらうのである。
ウモッカの目撃者が芸大出身の放浪者だったのも、偶然とはいえ、ヒキの強さを感じずにはいられない。
そしてウモッカを捕獲した際の運搬やマスコミへの通達など様々な業務を考慮して、長年の友人であるキタ氏に同行を依頼する。
用意周到という言葉がぴったりとくる準備ぶりである。


それでも読者としては、ウモッカが捕獲できなかったことはわかっている。
しかし、ここまで準備万端であっても、予期せぬ災難が待ち受けているのが、辺境の旅たる所以。何が起こるのかと背筋を立てて期待してしまう。
他人の不幸は蜜の味。
そう考えてしまうのが、旅行記好きの読者なのである。




その期待は、こちらの想像を遥かに凌駕していて、こんな顛末が本当に起こったのかと、小さな眼を大きく瞠いてしまった。
この徒労感に比べたら、札幌の時計台を見学した落胆の方が、数倍お気楽である。
しかしこの300ページにも及ぶ顛末記を飽くことなく、一気に読破させる筆力はすごい。
何が起こったのか気になる方は、一度この本を手に取られてはいかが。

(店主YUZOO)

11月 14, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月12日 (月)

第47回 紙の上を旅をする




下川裕治『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)

仕事に追われる日々が続くと、旅行記を読むことが多くなる。
それはひとときでも現実逃避したいという願望の表れかもしれない。
とくに困難極まる破天荒な旅に惹かれる傾向がある。
その視点から見れば、この本の題名は、世界最悪のというタブロイド紙のような見出しはいただけないが、ユーラシア横断2万キロという言葉は、充分に魅力的である。


巻頭の地図を見ると、ロシアの極東からポルトガルの最西端の駅まで、すべて鉄道で走破しようという大胆な旅程。
しかもシベリア鉄道は使わずに、中国大陸、中央アジアを駆け抜け、トルコからバルカン半島、イタリア、スペインと巡り、ポルトガルに到達する。
この鉄道旅行が過酷で、幾多のトラブルに巻き込まれたのだろうと容易に想像できる。


飛行機の旅とはちがい鉄道の場合は、通過する国ごとに出入国審査を受けなければならず、そこには難癖をつけて賄賂を要求する職員がいたり、線路の規格ちがいで台車交換があって、思いがけず時間が浪費されたりと、時刻表とおりにコトは運ばない。
それ以外にも政情不安を抱えた国があり、鉄道自体が運行されない場合もある。




旅行は成田からサハリンのユジノサハリンスクまでのフライトから始まる。
そこからフェリーで極東の町ワニノに向かう。
著者が調べたところによると、ユーラシアの最東端の駅はワニノではなく、隣のソヴィエツカヤ・カヴァ二が緯度では該当駅と判明し、そこまで戻ってからの念の入れよう。
そこからの列車はゆっくりと時間をかけてウラジオストクに向かう。
平均時速34キロ。
都電荒川線並みの速度ではなかろうか。


そして中国国境へ。
入国審査の横柄な態度、切符を買うのに列をつくらない国民性、人で溢れかえった駅の構内。
そういうものに辟易としながらも、中国が世界に誇る新幹線「動車組」には、割り込み防止バーが備え付けられていることに、妙な関心を覚えたりする。


さらに中国以上に驚愕するのは中央アジアの国々。
職員の怠惰な仕事ぶりと時間感覚、ソビエトの構成国だった頃からの態度に、開いた口が塞がらない。
挙げ句の果てには、コーカサス地方に入った途端、一つ前の列車が爆破テロに遭い、そのおかげで足止めされ挙句、ロシアのアストラハンに戻され、列車運行の報せを待つうちにビザが切れるという最悪な状況へと追い込まれていく。
この苦い思い出が、つい世界最悪のと名付けてしまった要因だと想像に難くない。




様々な困難や問題が雷雨のごとく降り注いだ末、トルコへと抜けることができたのだが、そこはヨーロッパ。
嵐が去ったかのように災難は去り、誰もが憧れる「世界の車窓から」的な世界が訪れる。
著者も緊張から解放された虚脱感からか、筆先も急に淡白になっている。
鉄道による世界旅行が20世紀の遺産になりつつある現在、心身を削ぐような旅を成し遂げたことに、驚嘆の念を抱くし、アジア諸国には、先進国の概念では計れない魅力を知ることができたのが、大きな収穫。
紙の上でしか旅ができない者には、嬉しいことこの上ない。

世界はまだまだ広い。
未知なるものに溢れている。


※写真は日本の鉄道です。

(店主YUZOO)

11月 12, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 5日 (月)

第46回 紙の上を旅をする




高杉一郎『極光のかげに』(岩波文庫)

「青年老い易く学なり難し」と昔の人はよく言ったものである。
この歳になると、本を読んでは眼がショボつくし、何を記憶するにも翌朝にはケロリと忘れ、頭の中には一握の砂ほども残っていない。
そのくせ、若い頃の失態は憶えていて、ふとしたことで思い出すと、顔を赤くしたり、青くしたりと信号機のようになっている。
困ったものである。


先日、古本屋の店先にこの本が並んでいて、思わず手に取った。
実を言うと、この本の著者は私が大学の時に講義を受けていた先生、その人なのである。
児童文学についての講義だったと記憶しているが、何せ先輩から講義に出席しなくても、レポートさえ書けば単位が取れると吹聴されて受けたので、ほとんど内容については憶えていない。
高杉先生の経歴も研究テーマについても知る由もなく、たまに気が向いたら受講する、言わば幽霊のような存在。
それなのにレポート数枚で、卒業時の数少ない「優」のひとつをくださった、ありがたい先生なのである。

せめてもの罪滅ぼしと思い、いそいそと表紙を裏にしてレジに、この本を持っていった。
その時の私は断首台に向かうように頭を垂れ、エロ本を買うがごとく顔を赤くしている。
学生時代の自堕落な生活、将来の夢など抱かず酒三昧の日々、儚き初恋、根拠のない自尊心などが走馬灯のごとく巡ったからである。
アカシアの雨に打たれてこのまま死んでしまいたい。




高杉先生は、戦前は改造社という、リベラルな出版社で編集部員として働き、またエスペラント語運動に共感していた、国際感覚を兼ね備えた人だった。
しかし戦争末期になると、そんな自由思想は弾圧され改造社は解散し、さらに徴兵されるや終戦を迎えシベリアに送られる。
想像を絶する過酷な重労働を強いられ、終戦から4年を経て、ようやく日本に帰国することができた。


この本はその抑留生活を綴ったものである。
旧日本兵60万人のうち6万人が、ロシアの地で死を迎えたというシベリア抑留で、どのように生き延びたのか、ソビエトという国はいかなる国家体制なのかを、思想に偏向しない眼と冷静な判断で見つめている。
そして非人道的なるものを強く批判する。
それはモスクワからの命令で重労働と抑留延長を強いるソビエト側に対しても、敗戦を迎えても変わらず権力然としている旧日本軍将校に対しても、その眼は揺らぐことはない。
その思いはあとがきに端的に著されている。

〈私は、四ヵ年の抑留生活のなかで、いい意味にせよわるい意味にせよ、忘れがたく心に残ったソヴィエトの人々の人間性を描くことによって、この国についてひとつの真実を伝えたいと思った。ここで私が努力したのは、できるだけ正直に書くことと、すべてのものが政治的な時代であるにしても、望むらくは、せまい党派的なものにかたづけてしまうことができないものの意味をできるだけあきらかにすること、であった〉




学生時代にいずれロシアに関係する仕事に就くとわかっていたら、もっとロシアについての質問を投げかけていただろうと、本当に悔やまれる。
人生は未来が見えないから面白いというが、私の場合は進むにつれて、恥が多い人生だったと思わずにいられない。

(店主YUZOO)

11月 5, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月22日 (月)

第45回 紙の上を旅をする




ロシア・フォークロアの会なろうど『ロシアの歳時記』(東洋書店新社)


ロシアに関する書籍はプーチン大統領の動向と政治分析、軍事力、それに北方領土と、どうもキナ臭いものが多い。
私としては仕事の関係上、ロシアの文化、風習、芸術、伝統行事、食物といった一般庶民の生活を伝えるものを欲しているのだが、なかなか書棚に並ぶことはない。
とくにユーラシア・ブックレットを刊行し、ロシア語の入門書など、すれっ枯らしオヤジにも分かり易い本を出版していた東洋書店が、2016年に倒産したのは、かなり痛かった。


今後、ロシアをテーマにした書籍は、プーチン大統領と北方領土ばかりになってしまうのならば、さらに両国の友好は遠のくばかりになるだろうと、枕を涙で濡らして嘆いたほどである。



しかし、どういう経緯か計りかねるが、東洋書店新社という屋号で、ロシアとユーラシアに関する書籍を刊行する出版社が再び現れたことは、素直に嬉しい。
東洋書店新社のホームページには、わざわざ東洋書店とは別会社ですと断り書きを掲載しているだけに、何かしら関係があるだろうと邪推したくなるものの、それは野暮天というもの。
不惑の年をむかえた者は、軽率な発言や友達への忖度にうつつを抜かしてはいけない。
「背後」ぐらいは読めなくてはいけない。




さてこの本、『ロシアの歳時記』という題名だけに、ロシアの古くからの風習、農作業、民族衣装、祭事、民間信仰などを、エッセイ風に書かれているので読みやすく、当時の生活を伺い知ることができる。
中世から20世紀初頭の帝政ロシアまでの庶民の生活は、ロシア革命によって激変したかというと、そう単純なものでなく、表向きは変えつつも根幹は変えていないことも興味深い。

それは政治体制の変革にともなった生活の変化よりも、ロシアの厳しい自然の中で生きる農民は、春の何時頃に種子を撒き、夏の陽射しで今年の収穫量を予測し、そして秋に刈り取りをするという不変的な営みがあるから、暦の上での祭事を無視することはできなかったのだろう。
これらの祭事が頭の片隅に入っているだけで、ロシア文学や民話を読む際に、さらなる豊穣なイメージを喚起させてくれるはず。

またマトリョーシカに描かれているパンやご馳走は、どの祭事で振舞われるものなのか知ることになり、さらに愛でたい気持ちになること請け合いである。
他にもプラトークに描かれた花がいつ頃咲くのか、林檎、苺、きのこ、ナナカマドの実が、いつ頃収穫されるのだろと思いを馳せてはどうだろう。




昔、学校で習った世界史では、帝政期のロシアは農奴制で、ヨーロッパよりも100年近く遅れていたと記述されることが多い。
しかし厳しい自然環境のなかで、自然の猛威を神の怒りや悪霊の仕業と畏れながらも、豊かな文化を根付かせて、地域社会を形成したことに、ある種の感慨を覚えるはずだ。
ロシア文化を知る上で、外せない一冊。


(店主ЮУЗОО)

10月 22, 2018 ブックレビュー, ロシア語, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 9日 (火)

第48回 耳に良く効く処方箋




オーティス・ラッシュ『ザ・コブラ・セッションズ1956-1958』(コブラ/P-vine)

オーティス・ラッシュが亡くなった。
ここ数年は糖尿病を患って体調が優れないと言われていたから、とうとうこの日が来たかと腹は決めていたものの、訃報を耳にしてしまうと、どうにもやるせない。
颱風が接近しているのを理由にして、夕方早々から弔い酒を片手に呑んでいる。
もちろんオーティス・ラッシュが遺した一連の作品を肴にして。


オーティス・ラッシュの代表作といえば、ブルースの情念が熱いマグマとなって噴き出した、コブラ・レコード時代ということに異論の余地はないだろう。
デビューして間もない22才の若者が、ここまでブルース魂を搾り出してことに驚愕し、天賦の才能が成せる表現力という以外、何ものでもない。


しかしデビューで強烈な一撃を与えてしまったことは、不幸でもあった。
以後の録音については、覇気がないだの、気紛れだの、厳しい評価がつきまとって、正統な評価が得られなくなってしまった。
だがこの不運もオーティス・ラッシュが背負いこんだブルースと言えなくもない。


今回、順を追って聴いていくと、コブラ以降は録音機会に恵まれず、言わば飼い殺し状態。
移籍したチェス・レコードの「So many roads so many trains 」は渋めのスロー・ブルースでオーティス・ラッシュらしさが出ているものの、次に移籍したデューク・レコードの「Homework 」はR&B調の当時の流行を取れ入れたスタイル。
出来栄えは悪くないが、どちらもヒットとは縁遠かった。


音楽シーンがブルースからロックンロール、R&Bへと移り変わる時代に、レコード会社がオーティス・ラッシュの性根の座ったブルースを上手くプロデュースできなかったことが、この不運に繋がっている気がする。
オーティス・ラッシュ自身も器用な人でない。
音楽シーンに合わせて、自身のスタイルを変化させるなんて無理な相談である。


しかし近年、オーティス・ラッシュの未発表音源が発表されるなか、傑作ライブ盤『オール・ユア・ラヴ〜激情ライヴ1976』を聴くと、約束事の多いスタジオ録音よりも、瞬時にブルース魂を昇華できるライヴのほうが、性に合っていたのだろうと思う。
バック・バンドに恵まれて、自身も気分に乗っているときは、桁違いのパーフォマンスを見せつけてくれる。


1995年に日比谷野音でオーティス・ラッシュの雄姿を観た時もそうだった。
夕暮れ時の周囲のビル郡が紅く染まるなか、マーシャル社のアンプに直接シールドを突っ込み、バック・バンドの倍以上の音量でギターを響かせ、振り絞るように歌う姿に、完全にノックアウトされ、不覚にも涙が出てしまった。
ひとつ、ひとつのギターの音が、唸るような歌声が、オーティス・ラッシュが背負いこんだブルースであり、人生が凝縮されていたからだ。
ブルースはその人の生き様、そのものが音楽だと思った。


年が過ぎ行くにつれ、好きなミュージシャンが天に召されていく。
安らかに。

(店主YUZOO)

10月 9, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月26日 (水)

第44回 紙の上を旅をする




色川武大『喰いたい放題』(光文社文庫)

異色のグルメ本である。
大方の食べ物に関する書籍は、名も知れぬ名店や創業時の味を頑固までに貫いている老舗店、あとは食に関するウンチク、たとえば烏賊は呼子に限るとか、英虞湾の牡蠣を食さなければ真の食通とは言えないとか、とにかく読者の口内を唾で満たすことを主眼においたものばかりである。
そのため絶品料理を芸術作品や宝石箱などという洒落た表現を使って、文字で舌先を疼かせるわけである。
文字で腹を満たさなければならないから、ありきたりの比喩ばかりでは、読者が胃もたれを起こしてしまう。
一筋縄ではいかない分野である。


この本は、読者に名店や絶品グルメを紹介するために書かれていないゆえに、異色なのである。
色川武大はアウトロー、無頼としてその名を知られた作家。
晩年はナルコレプシーに悩まされ、心臓疾患や高血圧など満身創痍の状態。
医者からは食事制限をきつく言われ、このまま野放しにしておくと着実に死が訪れると恫喝されている、出口なしの状況なのである。
その半病人が頭でわかっていても、身体は食べ物を眼の当たりにすると、つい欲望が優ってしまう。


《年齢相応、体調相応に、淡白なものばかり喰べているせいだろうか。ここのところは、主治医のセンセイ方には、ぜひご内聞にねがいたいのだが、どうも全体に、喰い物に対する意志がたるんできて、守るべき筋を守っていないきらいがある》と反省の弁を述べたものの、その数行後に《油でぎらぎらしたものが喰いたい》と政治家の公約のように前言を翻し、胃袋の欲求に導かれるように、あれやこれや食してしまう。
さらになかなか改善しない体重を医師から咎められるのだが、相談しているのは主治医ではなく、主治医の友人である神経科医というのだから恐れ入る。


なぜ主治医のもとに行かないかという理由が《もうすくなくとも十キロほど痩せ、不摂生を排し、血圧を下げるなどして、心身ともにクリーンにしてから主治医の前に現れたい。今のままではあまりに見苦しい》というのだから恐れを通り越して、苦い笑いを浮かべてしまう。


この本は健康診断の結果を見るたびに、落第点を取ってしまった子供のごとく首を垂れる我らが世代が、とくに共感できる内容である。
若かりし頃のように溌剌した身体に戻すために、ジョギングや水泳で汗を流し、果ては高価なサイクリング車を買ったりするものの、足腰を痛めて1ヶ月と続かない。
3日も保てば上出来であるという貴兄も共感できる。
医食同源というものの、食と酒に対しては節度をわきまえないのが、成人病と背中合わせに生きている世代なのである。


美味しいものは脂肪と糖でできているという言葉は、真を射ている。
よく言ったものだ。たしかに。

(店主YUZOO)

9月 26, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月30日 (木)

第47回 耳に良く効く処方箋




O.V.ライト『ライブ・イン・ジャパン』(ハイ)

魂の歌唱と謳われたサザンソウル・ファンのなかでは人気の高いライブ盤である。
その理由としては実際にコンサート会場に足を運んだ人が、O.V.ライトの鬼気迫る歌に神々しさを感じ、伝説として伝わっているからだろうか。
来日を果たした翌年に帰らぬ人になっている。

O.V.ライトが来日したのは1979年。
残念ながら、私はO.V.ライトの歌う勇姿を眼の当たりにしていない。
何せ、当時はニキビや恋に悩む蒼き高校生である。
サザンソウルの濃厚な塩辛い歌に心を奪われるような年頃ではないし、60年代ブリティッシュ・ビートやパンクにどっぷりと浸った耳しか持ち合わせていない。
だからO.V.ライトの来日するファンの熱気は知る由もないのだが、別の見方をすればこのアルバムにパッケージされた放射するエネルギーが原体験。
邪推することなく純粋な気持ちで、向き合うことができるのが、冷静な判断につながる。
体験に勝るものはないけれども、未体験だけに想像力が武器となる。

結論から言ってしまおう。
このアルバムは死期を悟ったO.V.ライトが、特別な感情に突き動かされ、聴衆に何か伝え残したいという意志を貫いた、他とは比較しがたい名盤である。
いわゆる凡庸なライブにありがちな、薄っぺらなメッセージを伝えたいという感情ではない。伝え遺したいという強靱な魂で貫抜かれている。
渾身の力を振り絞って歌う姿に、魂を揺さぶられるのは当然のこと、O.V.ライトの遺言といっても過言ではないアルバム。


ゴスペル・シンガーとしてキャリアが始まった人である。
「ソウルは教会音楽だ」と断言するような信仰に篤い人である。

白眉は代表曲をメドレーで歌う6曲目。
「God blessed our love 」から「You’re gonna make me cry 」と滔々と歌っていく姿をこの日、目の当たりにした観客は神の恩恵とO.V.ライトが説く愛の尊さに、目頭が熱くなったにちがいない。
このアルバムの一番の聴きどころである。
このメドレーを聴けるだけでも、購入する価値は十二分にある。

惜しむべきは、CDの時代にあってLP時代のストレートな再発ではなく、この伝説のコンサートの全貌をパッケージした完全ライブを望みたい。
体調不良ゆえに声が出来れていない曲があってもいい。
それでもO.V.ライトの歌に対する真摯な姿勢に、涙を流さずにはいられないだろう。

しかしそれは酒の湧く泉を見つけるのと同様、塩辛いオヤジの叶わぬ夢なのだろうか。
もしそんな盤が発売されたら、日本のオヤジの3%ぐらいは元氣になると思うのだが。

(店主YUZOO)

8月 30, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月28日 (火)

第46回 耳に良く効く処方箋




アレサ・フランクリン『レア&アンリリースド・レコーディングス』(アトランティック)

アレサ・フランクリンが天に召された。
あまりにも偉大な存在ゆえに、音楽を愛する者の喪失感は計り知れない。
ここ数日はアレサが残した遺産に静かに耳を傾ける日々が続いている。
そんな喪に服している人も多いのではあるまいか。私もその一人。

しかし不思議なもので、力強く聴く者を包み込むような歌声は、気分が落ち込んでいればいるほど、憂鬱に苛まれている私を励ましてくれているようで、逆に勇気づけられている気分になる。
「悲しみに打ちひしがれてないで、顔を上げて前を向きなさい」と諭されているようである。

アレサの長い音楽生活のなかで充実期といえば、コロンビアからアトランティックに移籍して数々の名演名曲を発表した60年代。
ソウルの女王という称号を授かった時期という見解は、誰もが一致することだろう。
公民権運動の機運が高まり、ブラック・イズ・ビューティフルが声高に主張していた頃、時代の寵児として颯爽と登場した印象が強い。
(残念ながらアレサの登場時期は、まだ私は虫捕り網を振り回して蝉を取っていた厚顔の美少年。原体験ではなく、追体験になってしまうのだが)

あなたは考えた方がいいわ
あなたが私に何ができるかということを
考えた方がいいわ
あなたの心が解き放たれて自由になることを「Think 」

女だって人間よ
そのことあなたは理解すべきだわ
単なる慰めものじゃない
あなたと同じように新鮮な血が通っているのよ
「Do right woman -Do right man 」

他人が書いた曲であろうと、アレサ流に解釈して、普遍的なメッセージ・ソングへと昇華させてしまう才能。
ゴスペルに幼い頃から慣れ親しんだアレサは、社会の不正義や差別する人間の不誠実に対して、この才能をたずさえて、それらに戦いを挑んだのだろう。
しかしそこには神を信じる者だけが救われるといった偏狭なものではない。
その伸びのある歌声は、抑圧された人々に勇気を与え、自由で新しい世界を、人間が人間らしく生きる世界を、創り上げようという意志に変える力があった。

この説得力のある歌唱と時代の機運をとらえた歌詞が、当時の人種差別に苛まれた黒人に、エネルギーと意識を高めたのかは、想像に難くない。
とくに黒人女性にとっては自分たちの気持ちを代弁してくれる、輝かしい女性として映っていたのではないだろうか。

さてこのアルバムは、アレサが神がかっていた頃の未発表曲とレア音源を2枚にまとめたもの。
2008年に発表されてソウル・ファンの間では、かなり話題になったアルバム。

今回、アレサの死を機に聴いてみようと思う人には不向きだが、全盛期のアレサがどれだけ才能を解き放っていたのかを知るには絶好の1枚。
未発表曲、つまり採用されなかった曲ばかりを収められているのに、凡人で到達できないようなクォリティで、既発表曲と何ら遜色はない。
ソウルの女王と呼ばれた理由が、否応なくわかるアルバム。
ひと通り聴いたら、ぜひ耳にしてもらいたい一枚です。

(店主YUZOO)

8月 28, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月28日 (土)

365日ぶりのご無沙汰でした!




1年ぶりに阪急うめだ本店に登場である。
残念ながら最近は心身ともに劣化がひどくなったせいか、昨年のように搬入から搬出まで全日参加という体力もなく、この企画展半ばにしての出場である。
いよいよ真打ち登場とか、抑えの切り札の出番とか、そんな大それたことではない。
単にポンコツに成り下がっただけである。

だいたい近年は物忘れがひどい。
何事も面倒くさい。
すぐに結果を求める。
典型的なオヤジ体質が進行しているので、木の香のスタッフが私の身を案じてか、もしくは煙たがっているのが理由で、シーズン半ばに参加と相成ったのである。
とかくオヤジ体質は敬遠されがちである。




こう書くと我が身のことを暗喩しているのではと、気もそぞろになる貴兄尊父もいるかと思うが、それは宿命として諦めるより他ない。
だいたい説教じみた言葉が増えた時点で、人生の第三コーナーを回っているのだ。
老兵は去るのみ。
右眼で若者を諭し、左眼で微笑まなければ、誰も貴兄の言葉に耳を傾けることはない。
悲しいことに、これは宿命である。
もしくは生老病死にも通づる生命の真理である。
尊父はどう思うか。




しかし愚痴を言っても始まらない。
今回の展示スペースは前回をはるかに超えて広大である。
喩えるならば、アメリカ大陸からロシアに変わったぐらい広い。
現時点で、日本国内で最も多くのマトリョーシカが観られるのは、阪急うめだ本店である。
マトリョーシカ愛好家の聖地である。
その為、すべてのマトリョーシカはモスクワに向けられている(嘘)

こんな機会は滅多にあるものではない。
ぜひ聖地に足を運んでくださればと願う次第である。
お待ちしています。

(店主ЮУЗОО )

7月 28, 2018 展示会情報, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)